親鸞聖人を訪ねて(京都西本願寺&真宗高田派龍源寺編)。

「心にとばりがなく」というのが、原語のニュアンスでいう「無」(中略)ブッダは「二ティヤ(恒常)」や「アートマン(我)」を否定する際には、「否」を意味する「ア」もしくは音便変化の「アン」を用いた。これが漢訳仏典で「無」と示されたのは、その段階では「無」にも否定のニュアンスがあったからだろう。しかし、中国では道教でも「無」という概念を用いるため、ブッダの「否」と道教の「無」が混同されてしまったきらいが

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🙇‍♂️
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石田三成の三献茶 その3(全3回)

秀吉はね、手のひらにその湯気の立つ湯飲み茶わんを載せて、その温かさを楽しむようにゆっくりお茶をすすりながら聞いたんだよ。
「何ゆえに、三度のお茶の量と熱さを変えたのじゃ?」。
「一服目は大変喉がお渇きのご様子だったので、すぐに飲み干せますようぬるめのものをたっぷりとお持ちしました。
ニ服目は少し癒やされたご様子でしたので少しあたたかめのものを量を少なくお持ちしました。
三服目は落ち着かれた

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石田三成の三献茶 その1(全3回)

今日はね、有名な石田三成っていう武将の12歳の時の話をするよ。
豊臣秀吉の家来だった人だね。

石田三成は、秀吉がご褒美で貰った長浜の土地のお寺に、たまたま小僧さんとしていたんだよ。
算術が得意でね。難しい計算なんかあっという間に解いちゃって。
だから秀吉の家来になってからは戦いの中で弓を引いたりするより、家来何千人分のお米をどれくらい持って行っていいとか、それには馬が何頭か必要か、とかっ

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【関ヶ原】を推す。

なぜかこの年末。
自分のなかで空前の
【関ヶ原】ブーム襲来中。

石田三成が
悲壮なまでに不器用すぎて
「なんか辛い」
「いたたまれない」
「もどかしい」
という気分が
以前は強かったのだけど。

自分も年齢を重ねたせいか
もっと余裕をもって
三成ふくめて
それぞれの武将を
見れるようになってきた。

すると…

東西どちらにつくかで
未来が大きく分岐してしまう
究極の選択シチュエーションで
それ

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ありがとうございます😆💕✨

自販機のお茶が熱かったので、豊臣秀吉と石田三成の出会い、三献茶の場面を思い出した。

熱ー!やばい、火傷しそうだった。

最近、とても寒かったので自販機であったか〜いお茶を買ってみた。すると予想以上に熱かったので思わず「熱ー!」と叫んでしまった。

雪国は手袋をしたまま自販機から缶を取り出すのでしょうか?沖縄は手袋をする習慣がないので、素手で缶をとります。

それにしても、缶が熱かったんです。まじで。

お茶にまつわるエピソードとして豊臣秀吉と石田三成の三献茶のストーリーを思い出し

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ありがとうございますニャー♥️あなたに、いいことがありますように!!
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第27回 下野の章①─小山御殿と徳川家康─



 こんにちは。もう秋ですね。少し肌寒くなってきました。

 さて、今回の『浅野たけるの探検記』で紹介する場所は、東京や埼玉、神奈川ではありません。北関東3県の一つ栃木県。

 栃木県と聞くと、「とちおとめ」と「日光東照宮」、「華厳の滝」のイメージが強いですよね。

 今回行ってきた場所は、日光や那須野のような有名観光スポットではありません。茨城県に近い「小山」という場所。栃木県南部にあります、

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あなたのスキ、受けとりました!
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関ヶ原の戦いという人間ドラマ  たまには語ろうじゃないか〜〜〜

ひとりはみんなのために。みんなはひとりのために。さすれば天下泰平はおとずれる。

大一大万大吉。
そう、ご存知石田三成公の紋です。

私は関ヶ原の戦い、断然西軍派なのです。

東軍が合理的で理性的だとすると
西軍は情熱的でロマンです。

まず東軍大将徳川家康について。
最初にお断りをば。
言いにくいのですが私、徳川家康が苦手なのです。
その点踏まえて読んでください。(山本正之先生ごめんね)
偏見や

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信長・秀吉・家康から史観的に大東流関係者を見ると

鶴山先生は、戦国三武将から史観的に大東流関係者を見るとどうなるか?
というおもしろいメモを残しています。

織田信長には、天才的な創業者としての器量があったし、豊臣秀吉にはその業績を受け継ぐだけの器量があった。だから豊臣時代を築くことができた。しかし、歴史的史観でこれを眺めると、信長も秀吉もその創業した地盤を長続きさせる能力がなかったことがわかる。
信長は自己破産することを覚悟の上で、自分の人生を

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うれしいですね \(^o^)/
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覚悟にまつわる逸話ってないですか?から思い浮かんだ石田三成の逸話

こんにちは、両兵衛です。

今日、覚悟にまつわる武将の逸話はないかという話がありました。
あらためて「覚悟」と言われるとなんでしょうね、困難を受け止める心構えという意味でいいんでしょうか。

覚悟、かくご、…と、覚悟を貫いた武将の逸話として思いついたのは、小説やドラマなどでも描かれる石田三成の逸話です。

慶長五年(1600年)の関ヶ原の戦いに敗れた三成は、処刑場となる京の六条河原へ向かう途中で喉

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ありがとうございます!
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26.ムウ姫様の転生その2

ムウ姫様の転生の奈良の彼女のところに武将達が現れるようになると、伊達政宗公も登場してきました。それまでは、政宗公が現れるには、誰かに降りてその人たちの口を借りて話すパターンが主でしたが、彼女の場合は霊の姿で目の前に現れ、会話できるのです。

まず彼女が一番気になっていた、自分がムウ姫様の転生なのかということを尋ねてみました。その答えは、「おムウ」でした。やはり間違いありませんでした。政宗公は彼女の

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こんなお話しを本当にスキして下さり、ありがとうございます。