さたみは珍道中【2020秋の陣】二日目 名護城・唐津

せめて、朝食ぐらいはね。

せめて朝食ぐらいはオシャレにいきたい。
そんな思いでやってきたKITTE博多。初日は和食だったので二日目は洋食な感じで。クロワッサンサンドが人気のお店です。

KITTE博多の地下はモーニングやってるお店が結構あるのでお勧め。
和食も中華(お粥)もあるよ。

筑肥線で終点西唐津まで

名護屋城博物館は佐賀県唐津市にあるので、福岡から行く場合は電車です。西唐津までは快速だ

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さたみは珍道中【2020秋の陣】初日(久留米編)

九州新幹線「つばめ」に

久留米への行き方は色々ありますが、新幹線がで行くのが手っ取り早いので九州新幹線「つばめ」に乗ることに。

座席広めでシートふかふかで超快適です。熊本まで40分ぐらいで着いてしまう!…ので、久留米までだと20分そこらぐらい。はやっ。

「なんか長閑な景色になってきた」みたいなことを、さたさんが不思議そうに隣で言うので、めっちゃ笑いました。そりゃそうだよ、久留米だもん。

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さたみは珍道中【2020秋の陣】出陣前夜

フォロワーさんと三成縁の太閤検地尺を見に行くよ!

Twitterで仲良くしてくれてるフォロワーさんで、石田の三成さんに嵌まっているさたさんが、佐賀県にある名護屋城博物館で行われている企画展「鬼島津が遺したものー島津義弘と文禄・慶長の役ー」で「島津氏分国太閤検地尺」(三成の署名付き)を遠路遙々見に来ると聞いて、九州民みはるはお供することにした。

いつもこんな感じにウキウキ誘ってくれるさたさんです

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歴史・人物伝~関ケ原編番外コラム:関ケ原の合戦の布陣を考える

歴史・人物伝~関ケ原編を執筆中ですが、本日は私自身が「関ケ原の合戦の史跡」を旅行した時に感じたことを書きます。

関ケ原を歩いてみる

私が関ケ原に降り立ったのは2000年。今から20年前になります。当時、大河ドラマ「葵徳川三代」が放送されており、関ケ原の合戦からは400年目の節目にあたっていました。

JR関ケ原駅から徒歩で各武将が布陣した史跡を巡りましたが、かなりコンパクトにまとまっている印象

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歴史・人物伝~関ケ原編⑭「キリシタンが選んだ道」小西行長

歴史・人物伝~関ケ原編の第14回です。

西軍の主力武将の一人・小西行長は、堺の商人の子に生まれ、豊臣秀吉に仕えてからは武将としてだけでなく、実務者としても重用されました。キリスト教に帰依したキリシタン大名でもあります。

行長には加藤清正というライバルがいました。二人は肥後(熊本)を北と南に分けて統治しており、朝鮮出兵でも先陣争いをしたほどです。清正と同等の実力者だからこそ、秀吉も競わせたのでは

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歴史・人物伝~関ケ原編⑫「三成との友情に殉じた」大谷吉継

歴史・人物伝~関ケ原編の第12回です。

西軍を束ねた石田三成が、一番最初に徳川家康打倒を打ち明けた大名が大谷吉継だとされています。三成が佐和山(彦根)、吉継が敦賀という「領地を接する間柄だから」というだけではありません。

吉継と三成、真田親子の関係

吉継は、信長の重臣だった頃の秀吉に近習として仕え始め、秀吉が天下統一を果たしてからは、奉行衆として豊臣政権を支える役目を担ってきました。つまり、

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歴史・人物伝~関ケ原編⑩「死一等を減ぜられた」宇喜多秀家

歴史・人物伝~関ケ原編の第10回です。

関ケ原の合戦で西軍の最大軍事力を持っていたのが、備前(岡山)の領主・宇喜多秀家です。この時秀家は28歳の若さでしたが、徳川家康や毛利輝元、上杉景勝らとともに五大老に列していました。

石田三成や三奉行の招請に応じ、輝元とともに大坂城入りした秀家は、大坂に詰めていた総大将の輝元に代わり、西軍の主力部隊として伊勢方面の攻略を行い、その後関ケ原の合戦に臨みます。

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歴史・人物伝~関ケ原編⑨「豊臣家は自分が守る」福島正則

歴史・人物伝~関ケ原編の第9回です。

今回からは、関ケ原の合戦に参陣した武将たちの銘々伝を書いていきます。最初は福島正則ですが、その前に合戦に至るまでの経過(関ケ原編①~⑧)について触れておきます

関ケ原に集結する両軍

上杉討伐のため東へ向かった徳川家康と豊臣家恩顧の大名による東軍。その間隙をぬって、石田三成、毛利輝元、宇喜多秀家らの連合軍である西軍が決起しました。※詳しくはブログ版をご覧く

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歴史・人物伝~関ケ原編番外コラム:大河ドラマ「葵徳川三代」のこと

「歴史・人物伝~関ケ原編」を書いていますが、本日は、関ケ原の合戦をはじめ徳川幕府初期を描いた大河ドラマ「葵徳川三代」について、番外コラムとして取り上げます。

「葵徳川三代」とは

「葵徳川三代」は、2000年に放送された大河ドラマです。関ケ原の合戦からちょうど400年目の節目にあたり、ジェームス三木さんが脚本を担当した本格的な歴史ドラマとして強く印象に残っています。

物語は、豊臣秀吉死去の直後

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歴史・人物伝~関ケ原編⑤大軍勢を相手に壮絶に戦った鳥居元忠

歴史・人物伝~関ケ原編の第5回です。

「内府ちがひの条々」により、徳川家康に宣戦布告をした石田三成は、西軍の総大将となる毛利輝元が大坂城入りしたことを受け、ただちに軍事行動を起こします。東へ向かって軍勢を進めるのです。

行く手に待ち受けるのは、家康の居城となっていた伏見城です。家康が大軍を率いて出陣したのち、この城は鳥居元忠ら少数の徳川家臣団が守っていました。ここに西軍は攻撃を仕掛けたのです。

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