一遍

サブカル大蔵経258栗原康『死してなお踊れ 一遍上人伝』(河出文庫)

一遍上人、50歳で逝去。今の私と同じ年です。ミュージシャンのレキシが楽曲で選んだただ一人の僧侶、一遍。我も仏もなかりけり。解説武田砂鉄。

なんにもなくなっちまったとおもうからこそ、これからなんだってできる、なんにでもなれるとおもえるのだ。p.11

 ひらがなのちから

浄土教とは、ひとことでいうと、俠気の思想だと思っている。p.32

 ひとり残さず救ってやるよオ!!(法蔵)

法然は念仏をと

もっとみる
ありがとうございます。
ありがとうございます!これからもがんばります!

日々の叡智(2020/08/05)

新型コロナウイルス感染症による社会的混乱・不安が収束するまでを目途に、原則的に毎平日、偉大な人物たちのことばをアップします。

このような時代(とき)だからこそ、皆さんが、毎日わずかな時間でも心を落ち着かせることができ、また、皆さんの心に響くことばと出会っていただくことができれば、幸いです。


「哲学ダイアグノーシス Philosophical Diagnosis」
チャンネル登録をお願いいたし
もっとみる

ありがとうございます!これからもよろしくお願いします。
1

【504回】7日間ブックカバーチャレンジ その6(200503)

北海道なのに、暑い。
夏に近づくにつれ、マスクは非常にきつい日々が待っているのか。
東京などは湿度が高い上に、35℃を超える日々になる。すると、マスクはベタベタくっついてしまう。

しかしまずは、毎日の生き抜くことだろう。

6冊目
聖戒 編 「一遍聖絵」(2000、岩波文庫)

信貴山縁起、鳥獣戯画、伴大納言絵巻など、絵巻物が好き。
これらは平安後期の作品だが、当時の生活を見ることができるからで

もっとみる
今日はおにぎりにしよう!ヤッホーイ!ありがとうございます。
2

一遍の春

一遍上人の生誕日が1239年3月21日(旧暦2月15日)とも伝わっているので、お伴して野良へ。五年ぶりであるかもしれない。
さっそくヒメオドリコソウの小群と邂逅。後ろでは鼓草(タンポポ)が囃子を受け持ってくれる。次の群落では三味線草(ナズナ)が鳴り物を引き受けてくれた。

のらはホトケノザの花盛り。すばらしい群落があったので、一遍さんはその中へ。踊る花たち。踊る上人。

里山からはウグイスの調い始

もっとみる

子どもとの接し方を変えたら子どもの反応が変わったというお話。

子どもは厳しくしたほうがいいのか、褒めたほうがいいのか。
どう接するのがためになるのか。
悩み悩みしている毎日です。

ここ1週間ほど子どもとの接し方を変えたら、
子どもの反応が変わったように思います。
・話を聞くようになった。
・話するようになった。
・表情が穏やかになった。
・自分も気分が穏やかになった。
どれも実感レベルなので、
「気がする」という感じですが、
的外れな感想ではないと思います

もっとみる
(*´ω`*)ウレシイデス
9

日本は捨てて踊って輸出大国になるべき

最近、日本の低迷が顕著ですね。

GDPは1988年に世界2位だったのに、2018年は26位でした。2019年の数字はまだ出ていませんが、もっと下がると思います😂

昔は輸出大国だったのに…

私が子供の頃(1980年代)は、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という言葉があったように日本は輸出大国としての名をほしいままにしていました。クルマ、電化製品、半導体など、とりわけ工業製品分野においては日本

もっとみる
スキもらえて嬉しいです!
13

九州・四国地方の石造物⑫:大山祇神社宝篋印塔

名称:大山祇神社宝篋印塔

伝承など:一遍上人来島記念塔

所在地:愛媛県今治市大三島町 大山祇神社

瀬戸内海の大三島にある大山祇神社は、「日本総鎮守」と称され、全国の三島神社や山祇神社の総本社で古くから朝廷や武将達の尊崇を受けてきた。

特に中世以降、武将が多く甲冑や刀剣などを奉納し、中でも甲冑に関しては日本国内の国宝・重要文化財の甲冑の大半がこの大山祇神社のあると言われ、これらの武具は宝物館

もっとみる

国宝 一遍聖繪

《一遍聖繪》とは、時宗の宗祖、一遍上人(1239-1289)の行状を描いた鎌倉時代の絵巻。国内最古の絹本著色絵巻で、国宝に指定された名品である。今回の展覧会は、これを所蔵する時宗総本山清浄光寺の遊行寺宝物館が、その全十二巻を一般公開したもの。一巻の全長がおよそ10メートルだから、全巻を合わせると、およそ130メートル。それらが決して広いとは言えない会場に一挙に展示された。

「南無阿弥陀仏」。一遍

もっとみる

鎌倉の祖師の布教スタイル

これぞ真理だ、これこそ正しい、という教えを掴んだりすれば、教えを伝えようとするのだろうが、鎌倉時代の祖師たちの布教スタイルはいろいろだ。

親鸞はこう言う。「弟子一人も持たず候」(歎異抄)と。後世、真宗大教団となって信長や家康を手こずらせていくのだが、祖師である親鸞は弟子など一人も持たないという。

「つくべき縁あればともない、はなるべき縁あれば、はなる」(歎異抄)とも。縁にしたがって、教えを受け

もっとみる