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日々の思考、カタツムリが残した銀色の道のようなもの

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最近の記事

『水中の哲学者たち』の息継ぎを見る

永井玲衣『水中の哲学者たち』晶文社 2021年 対話イベントを通して老若男女と哲学的な話し合いをしている著者が、その経験を振り返りつつ、戸惑いやひらめきや苦心、発見を繰り返すエッセイ。ドラマの水戸黄門的構造がある。 溺れてはいない 著者の活動の一つが、哲学の対話を通して共に悩み考えるというもの。本書ではあたふたしたりボンヤリ思い沈む様子がうかがえるが、じっさいご本人は予備校講師もしておられ、その動画などはチャキチャキとしてむしろやり手のようにも感じられる。たとえ水中でう

    • 『ラカンと哲学者たち』で愛の構造を知る

      工藤顕太『ラカンと哲学者たち』亜紀書房 2022年 前稿はこちら。 https://note.com/preview/nd2ee2eb6aaff 今回は第3部、プラトンの『饗宴』から。ソクラテスたちが語るエロス。 その場に乱入して騒ぎを起こすアルキビアデス。その「愛の構造」が興味深いので取り上げる。 ラカンの視点 ソクラテスの立ち回りを精神分析者に見立て、彼と仲間たちのやりとりに精神分析のセッションを見出している。テーマは少年愛の構造。それは年長者が少年を、知や徳の面

      • 『ラカンと哲学者たち』で無意識を考える

        工藤顕太『ラカンと哲学者たち』亜紀書房 2022年 難解と言われるラカンを、他の大哲学者に関する言及から探っている書。 まずはフロイト 無意識:記憶の集積。=個人の物語的な広がりとしてとらえる。フロイトの発明。しかし無意識には直接アクセスできない。 抑圧:ネガティブな意識を心の奥底に押しこめてしまうこと。意識してそれを止めるのは難しい。これは「事後性」をもってずっと後になって、何かのきっかけで突如現れることがある。 構築:精神分析の専門家は触媒として、患者と無意識のあい

        • 『ピカソ論』罠か豊穣か、はたして

          ロザリンド・E・クラウス『ピカソ論』(松岡新一郎・訳)青土社 2000年 ロザリンド・E・クラウス:『オリジナリティと反復』(原著は1985年)では先鋭的に美術における過去の評価軸を一転させ、構造主義・ポスト構造主義の潮流に則って刺激的な格子《グリッド》や、コード、オリジナルとコピーなどの概念を駆使しシリアス・クリティシズムを貫いていた。 一転、本書では資料分析、諸説の併記、さらには用心深さをもってピカソの作品の様相を浮き彫りにしている。 ここでは第1章「記号の循環」を中

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          『言葉にのって』 2で割って1を足す

          ジャック・デリダ『言葉にのって』(林好雄、森本和夫、本間邦雄・訳) ちくま学芸文庫 2001年 原著は1999年刊。1998年12月、カトリーヌ・パオレッティによりインタビューが行われその内容を省くことなく収録、さらには1997〜1999年に4回にわたりラジオで行われた同様の対談も編集の上、加えてある。 難解なエクリチュールのイメージが強いデリダ。その彼の裸のパロール(話し言葉)、思わぬ発露や本心、潜在意識の表れも期待できそうだが… デリダといえば デリダの思想の一つに

          『言葉にのって』 2で割って1を足す

          『感覚の論理 画家フランシス・ベーコン論』心にリズムを刻め、証人はきみだ。

          ジル・ドゥルーズ『感覚の論理 画家フランシス・ベーコン論』(山縣 煕・訳)法政大学出版局 2004年 A4サイズに近い大判である。内、4割でベーコンの作品が掲載されている。本論の各ページの上部には該当する図版番号が付されているので便利。内容は、ベーコンの作品を抽象画やアクションペインティングと対置し、そこに働く作用を分析して論じている。 本書より入手しやすく読みやすい『フランシス・ベイコン・インタヴュー』(ちくま学芸文庫)の方をまず薦めておく。作品掲載も多く、本書とあわせて

          『感覚の論理 画家フランシス・ベーコン論』心にリズムを刻め、証人はきみだ。

          『ボードリヤールという生きかた』も、あった

          塚原史『ボードリヤールという生きかた』NTT出版 2005年 ボードリヤール(1929 - 2007年)。現代思想に大きな影響を与えた。ポストモダンの旗手とも言われる。Wikipedia の説明を見てみよう。 さすがにこれでは簡潔だ。彼の著作『シミュラークルとシミュレーション』(1981年)は日本でも話題となり、80年代以降のカウンターカルチャーを彩った思想としてハイソの象徴的よりどころに。「コード化」「オリジナルなきコピー」これ言っときゃ格好がつく、そんなムーブメントも

          『ボードリヤールという生きかた』も、あった

          『ラカンはこう読め!』の、むずがゆさ

          スラヴォイ・ジジェク『ラカンはこう読め!』(鈴木晶・訳)紀伊国屋書店 2008年 ジジェク:スロベニアの哲学者。難解なラカン派精神分析学を映画やオペラや社会問題に適用、独特のユーモアある語り口のため読みやすい。実際にはそのベースとしてドイツ観念論やマルクスの思想があるとされる。 本書:ラカンの分析や解説をするのではなく、ラカンを使って我々の社会やリビドーを示すことを目的としている、と明記されている。ラカンの思想を道具に、見立てをしてみようということだ。 日本語版への序文

          『ラカンはこう読め!』の、むずがゆさ

          インボイスしなかった個人事業主へ贈る

          インボイス制度(売上の消費税について、納税・控除のための決まりごと)が23年10月1日からスタート。この記事は「いろいろ考えたけど、結局インボイス(課税業者)への転換をしなかった。でも、モヤモヤがある」そんな個人事業主の皆さんに向けてのメッセージです。 インボイスで不安なこと 帳簿や書式などの変更の手間が増える、益税がなくなって手取りが減る。 適格業者になるための手続きも面倒。 でも、適格業者でないと、仕事を減らされたり、新規の取引先をさがす際に不利になりそう。 まずは

          インボイスしなかった個人事業主へ贈る

          『夜景座生まれ』に心の夜景を見る

          最果タヒ『夜景座生まれ』新潮社 2020年 詩集である。作者、当時おそらく34歳頃。 ページをめくろう。 組版と字体が変だ。 縦組み、横組み、字体も余白も、詩ごとにちがう。 ああ、これは夜景だな と思う。 住宅街のやわらかい灯りの、いろいろな形や大きさの窓々。 どれもちがって、どれも気を惹かれる。 この本の詩々は、夜景の窓なのだ。 窓の向こうの小さな空間で、いろいろなひとが 頬杖をつきながら、いろいろに思いをめぐらせている。 そういう詩集。 気にとまった窓をのぞい

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          神「疲れたので仏になります」!?

          ※古い時代のことゆえ、諸説あることを冒頭に記しておく。 ※参考文献:義江彰夫『神仏習合』1996年 岩波文庫、 佐藤弘夫『起請文の精神史』2006年 講談社選書メチエ 神は仏になりたかった? 新年の初詣。そういえば、神社に行ったり寺院に行くこともある。神社のそばにお寺があったり。その辺の区分ってどうなっているのだろう? 8世紀から9世紀にかけて、なんと日本各地で神様が「神であることが苦しいので、仏教に帰依してその苦しみから逃れたい」と言い始めたらしい。実際には神が人(巫

          神「疲れたので仏になります」!?

          歌川広重 妄想ビュー! 東海道の旅

          東海道五拾三次の浮世絵で一世を風靡した歌川広重。本名は安藤重右衛門。 ゴッホら、西洋の名だたる画家たちに影響を与えたことでも知られる。 作品から「旅する浮世絵師」のイメージを持つ人も多いのではないか。 ところが、彼が旅したとされる地域は江戸周辺の関東地域、つまり武蔵国(東京都下)、房総(千葉)、相模(神奈川)、甲斐(山梨)、そして東海道では箱根あたりまでだったという。せいぜい遠くても駿河(静岡)までとのこと。東海道五拾三次は江戸の日本橋から始まって、京都の三条橋がゴール。静岡

          歌川広重 妄想ビュー! 東海道の旅

          『現代思想入門』で自分の哲学も作る

          千葉雅也『現代思想入門』講談社 2022年 哲学者である作者が、自分がたどった道を総括した上でそのダイジェストと重要点を的確に示した好著。哲学という広大な平野を前にして、人を途方に暮れさせないための道案内である。同時に、より良い生き方を考えるきっかけをも提示してくれている。千葉氏自身、さまざまに苦悩を重ねて生きてきたのであろう、この本の全体に流れているのは、私たちへの励ましであり背中を押してくれる優しさであると思う。 また本書は重要な箇所は太字、さらに網目のように導線がしこ

          『現代思想入門』で自分の哲学も作る

          『全体主義の起源』で孤独について考える

          ハンナ・アーレント『全体主義の起源 3』【新版】(大久保和郎・大島かおり 訳)みすず書房 2017年 先例のなかった統治形式である全体主義。それは一体何であるのか、その実態を精緻に分析したシリーズ。今回は重要な総括がされる第3巻を読む。 先にまとめ 引用も多いので、先にこの記事のまとめを述べておく。 主に孤独に焦点を当てて考察した。 ・孤立/孤独/独りぼっち、は異なる ・独りぼっち(見捨てられること)を利用する全体主義 ・寂しくない孤独こそ大切である 孤立と孤独、そ

          『全体主義の起源』で孤独について考える

          感情を捨てて核心をつかむ

          人の文章に向き合ったときに、軽やかにその核心にアクセスしたい。 混合物から純物質を精製するように、情報の余分な要素を取り除けるようになりたい。苦手な言葉遣いや表現であっても、論旨には価値があるかもしれない。できることなら感情のさざ波を立てずに、純粋に論旨を得たい。  そこで実際の精製について調べ、同じように文も精製できないか考察した。 精製とは 混合物を純物質にすること。 不純物を取り除き、単一のものにする。 仮に文における純物質が論旨であるとすれば、不純物とは何だろう

          感情を捨てて核心をつかむ

          『言語が消滅する前に』でも中断は、あり

          國分功一郎 + 千葉雅也『言語が消滅する前に』 幻冬社 2021年 通底する言語状況への眼差し、語られるのは政治、社会、文化、意識、思想、と幅広い。章立てを見ると硬い印象だが、対談なので歯切れよく読みやすい。おもに國分氏の抱える問題を、千葉氏が受けて整理しながら二人で深めていくという構図。國分氏からはハンナ・アレントからのヒントが諸所で提示されるので、アレントの著作を傍におきながら読むと面白みが増す。 意識の現れ方 新しい何かが意志としていきなりゼロから立ち上がる(非合

          『言語が消滅する前に』でも中断は、あり