戦争から災害まで、国境を超えあらゆる緊急事態に駆けつける無給のドクターがいることを知っていますか?
こんにちは。編集長のOです。
今日は9/24発売の注目のノンフィクション『野戦のドクター 戦争、災害、感染症と闘いつづけた不屈の医師の全記録』(トニー・レドモンド著/不二淑子訳)をご紹介します。
本書は、緊急医療支援の世界的レジェンドである一人の医師の貴重な手記であると同時に、死と隣り合わせの極限状態で交錯する絶望と希望、人々の姿が綴られた壮絶なドキュメンタリーです。
カバーのそでに、
とあるように、著者トニー・レドモンド医師は、ボスニア内戦、クルド人難民キャンプから、スマトラ島沖地震、パンアメリカン航空爆破事件、新型コロナウイルスに至るまで、30年以上にわたり世界中の緊急医療の最前線に立ち、救急救命に従事してきた人物。
政府や組織からの独立・中立をモットーに、出動依頼があれば危険地帯にまっさきに飛び込む猛者であり、毒にあてられ重い後遺症を患ってなお還暦過ぎまで第一線で命を救ってきた不屈のお医者さんです。
なんだかイギリスにすごい医者がいるな――
それが、ハーパーコリンズUKから送られてきたプロポーザル(あらすじや概要、著者情報などをまとめた企画書のような資料)を読んだときの第一印象。すぐに原稿を取り寄せ、翻訳者の不二淑子さんに読んでもらったのですが、シノプシス(原書を読み込んでまとめてもらったリポート。日本語版を出版するか決めるうえで超重要な存在)にあったこの最後の1行に、心鷲づかみにされました。
プロの翻訳者さんにリーディングをお願いした結果、絶賛が返ってくるのは20作に1作あればよいぐらいでしょうか。
しかし、その1作はたいてい掛け値なしに面白い本です。
実際、それから数ヶ月後に届いた翻訳原稿を読んで思い浮かんだ言葉はまさに「不屈の精神にして、正真正銘の偉人」。不二さんの言ったとおりでした。
百聞は一読にしかず。
ということで印象的な場面を2つほど抜粋(一部中略)してみます。
ほんの一部ではありますが、いかがでしたか?
目を背けたくなるような悲劇の最前線へ駆けつけ、時に銃弾が飛び交うなか治療し、時に一触即発の地域の権力者と交渉し、時に国際政治のパワーゲームに巻き込まれ、時に命を狙われ……著者はまさに「超人」と呼びたくなるバイタリティの持ち主。しかし、極限状態で起きるのは予測不能なことばかり。決して綺麗ごとだけでは通用しません。
そうした事態に直面しながら、怒りや弱さを時ににじませる著者トニー先生の人間らしさが、本書にさらなるリアリティをもたらし、信じがたいような出来事の数々を読む者にぐっと身近に感じさせます。
平常時は病院のドクターとして勤務しつつ、要請があれば無給で最前線へ駆けつける。命を落とした仲間もいる。死亡記事を書くために記者に取材されたこともある。
正直「なぜそこまでやるのか?」と思わずにいられなかったのですが、その答えは、本書の「はじめに」にありました。
海外ノンフィクションでは、著者の人となりやバイオグラフィー的な内容が本のテーマとは関係なく盛り込まれることが少なくないのですが、本書もその例に漏れず、冒頭でトニー先生の幼少期、家族の話が語られます。
もしかすると、日本にはなじみない出来事や地名にとっつきにくいと思う読者もいるかもしれません。そういった方は、まずは「はじめに」を飛ばして1章から読んでいただいても大丈夫です。
でも。もし最後まで読んだら、ぜひ遡ってはじめのページを開いてみてください。ああ、そうだったのか。そんなふうに感じてもらえたら嬉しいです。
***
「人道支援を通じて偽善者と言われることもある。それでも、シニシズム(冷笑)は何も生み出さず、何もしないことを正当化しようとする」――とトニー先生は語ります。
綺麗ごとでも感動秘話でもない、緊急医療現場のリアルが全編に貫かれた本書。正解が見えなくても行動することに意味があるというメッセージは、国や性別、年齢を問わず今を生きるあらゆる人々に大事なことを問いかけてきます。
「あのとき現場ではなにが起こっていたのか?」
「悲劇や修羅場のなか人々はどう動くのか」
歴史的出来事の裏側を通じて「人間のあり方」を知る意味でも価値ある作品。コロナ禍、ウクライナ/ロシア戦争など混沌としたニュースが続くいまだから読みたい、魂の1冊です。
最後になりましたが、本書の医療用語については、広島大学の公衆衛生学の久保達彦教授にお世話になりました。
久保先生は、著者トニー先生の知己であると同時に、JICA(国際協力機構)やWHOと連携しながら国際緊急医療支援に携わる、いわば日本版の「野戦のドクター」のひとり。
実はわれわれのすぐそばにもそんなすごい先生がいた、そう知るだけで、ちょっと熱い気持ちになりました。
世界中の野戦のドクターたちへの感謝とともに。
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