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小説 『怒りにぶっかける発泡酒の苦さ』 ⑫ 味方が敵になる

コンビニの中は昼みたいに明るくて、安心する。一つ一つの商品はそんなに高くなくて、買おうと思えばなんでも買える。夢のような場所。
成人用のグラビア本の横を通り過ぎると、壁一面に冷蔵庫が埋め込まれていて、そこに所狭しと、お茶、炭酸水、ジュース、お酒、ノンアルコールビールが陳列されている。

私は安っぽい銀色の缶が密集しているゾーンにいき、右手でお酒を取っては、左腕に溜めていく。その作業中少しニヤッとしていたようで、ショウくんが訝しげな目で私を見た。

私ってアル中なのかな。お酒が好きなのと、アル中の境目ってどこだろう。冷蔵庫のある壁から振り返ると、ちょうど色々なおつまみが棚にかけられている。ビーフジャーキー、チーズ鱈、ミックスナッツ、ピスタチオ単体。

あー、やめた

私が急に肩を落としてそう言ってから、アルコールが入った缶を棚に戻し始めたので、ショウくんは、なになに?と半笑いで戸惑いながら聞いてきた。

今日の苦しみに耐えれる総量が限界を達した。もう帰りたい

よくわからんけど、家に送ればいい?

うん、お願い。ありがとう

ただでさえ私は毎日の苦しみに耐えるキャパシティが少ないのに、ショウくんに振り回されていることで発生しているストレスが上乗せされて徒労感を覚えてしまった。

コンビニに入って、缶を手に取るくらいまでは恋愛感情がそういった負担を麻痺させていたけれど、アルコールというマイホームに触れた瞬間に張り詰めていたものが表面に出てきて、なんだかドッと疲れてしまった。
ショウくんも私を振り回してるんだから、私もこれくらい振り回してもいいよね。と、彼から与えられているストレスを免罪符に私は自分勝手になることができた。


よくわからんけど、怒ってるとかではない?

私のアパートの前に車が停車して、深い時間であるため日中とは全く違う雰囲気のシーンとしたアスファルトに向かって私が車のドアを開けてから足を踏み下ろすと、その足元の部分が少し明るくなった。

車の車内灯かな、月の光が雲から現れたのかな、誰かまだこんな夜遅くに起きているご近所さんが部屋の照明を付けたのかな。
アスファルトは綺麗、でもその光源を好奇心を持って確認する気力がないことに私は落ち込んでしまった。

自分にとって楽しいことを楽しめなくなることが実は一番辛いのかもしれない。変わってしまって一番嫌なことは、周りの人の性格や私に対する気持ちを含む環境などではなく、私自身の感受性なのかもしれない。

怒ってないよ。でも、なんか疲れちゃった

私の問題だよこれは。そうだ、ショウくんには一貫性がある。彼は大事なことは全て誤魔化すけど、そんなことは私がはっきり言えば済む話だ。
はっきり言えない私が悪い。はっきりしないのは私だ。彼は誤魔化していることを誤魔化していない。

彼は、そのことについては話したくない、という意思表示を角が立たない方法でしているだけだ。
俺はこうだけど、それを踏まえた上でリコはどうしたい?と暗に言っているのと同じだから、本当は何も誤魔化してなんかないのかもしれない。

私は、どうしたいんだろう。私は、何がしたいんだろう。それはつまり、理想的にはどうしたいかではなく、現実問題を踏まえた上でどうしたいか今の私にはわからないということだ。

ショウくんがちゃんと私を受け入れることはない、という現実問題の話だ。それってずっとストレスじゃん。ストレスの緩和のために男に会ってセックスしてるのに、ストレス増やしてどうすんの。

アキトならこんな強度のストレスを与えてくることはない。楽しさでストレスを回収しながらショウくんとこれからも付き合っていけばいいのかな。
でも、さっき今日の限界が来たじゃん。あー、人生うざ。


顔面にクエスチョンマークを浮かび上がらせ続けながら、ショウくんは、
じゃあまたねって私に言ったので、私は車のドアを閉めた。

バタン/ドン。どちらにも聴こえるそのドアが閉まる音は、今日の私と、もう半分東京に行っているショウくんの隔たりを強めた。

アパートの自分の部屋に入っても、芝犬のリリーは私が作ってあげた段ボールハウスから出てこなかったので、寝ているのだと思った。
男の子なのにリリーって変かな、でも綺麗な名前だよね。リリーフランキーとかも男だし。

彼を起こさないように、若干忍び足で、キッチンまで行き冷蔵庫を開けた。ストロングゼロとビールがあった。
このモヤモヤにキリッとしたストロングゼロの刺激をぶつけたいのか、ビールで曖昧にしたいのか判断ができなかったので、今日の私は本当に疲れているのだと思った。

冷蔵庫を開けたまま、冷蔵庫の黄色いライトを顔に浴びたまま、思考停止して立ち尽くしていると、犬が段ボールハウスからほふく前進でのそのそ出てきた。

あ、ごめんリリー。起こしちゃったねえ

リリーの身体の動きは眠気を訴えるように緩慢で迷惑そうだったけど、その目は今起きたばかりなのにクリクリのウルウルで私の方を何事かと見上げている。
その目元の豊かさに触れて、私は少しだけ脳にエネルギーが回ったので、とりあえずストロングゼロよりも手前にあるビールを掴んで冷蔵庫を閉めた。

私が、キッチンと仕切りの無いリビングに置いてある実家から持ってきた古びた木のローテーブルの上に、ビールとロンググラスを置いて地べたに座ると、リリーが私の太ももに体を密着させてくるんと丸まって目を閉じた。

私、まだしばらく起きてるよ?自分の家で寝れば?

私がそう言っても、リリーはそれをフル無視してウトウトしてまどろんでいる。
部屋の照明をつけると余計に疲れそうなので、代わりにT Vをつけた。

前回ドラマを観て合わせていたままのチャンネルで現在かかっている深夜のお笑い番組では、司会のコンビのお笑い芸人がグラビアアイドルの女の子の家に突入して、ちょっとエッチなイタズラをするシーンが流れている。みんな楽しそうだなと思った。




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