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小説まとめ

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小説のまとめです。遠くのなにかを見つめているみたいな小説を書きます。
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#小説

7 真面目な彼

彼は作家を志していた。どこまでも、自分の人生を目一杯希釈したような、そんな薄いことしか書けなかったけれど。

万年筆のペン先でも、きみの首を掻き切れる。

そう、彼は昔、彼以外の全員がこの世界からいなくなればいいと本気で思っていたのだ。そうして自分の作品で、他人を傷つけることばかり考えていた。

けれども、彼は真面目だった。作家として大成するために、寝る間も惜しんで勉強をし、「教養」を身に付けてい

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6 斜陽

革命家は革命を起こしたかった。けれども、革命の起こし方を知らなかった。
だからとある本を読んで革命家は、「恋」をしようと思った。けれどもいつしか、心から「恋」をするようになった。さながら、鳴かぬ蛍のように。さながら身を焦がすように。

5 余生

余生。
「まるでそうじゃない部分があったみたいな言い方をする。」
余生。
「まるでそうじゃない部分があったみたいな言い方をする。」
僕はひとりでそう呟いて、ただ目的もなく冬の公園を歩き続けていた。さながら犬のように。
逆説的に、それはきっと、満たされている人が創った言葉だ。僕はただ、日記を書こうとして、何度も挫折しているような僕のことを、無条件に面白いと言ってくれる、そんな誰かが、いつしか現れてく

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3 輪廓

誰からも愛されていないことには、疾うの昔から気が付いていた。
夜7時、ひとりで残業をしながら、仕事場の誰かが少しだけ遠くで話していることに耳を傾ける。丁度、僕のことを褒めているみたいだ。少なくともそう聞こえる。もちろん、確証は持てない、持てないけれども、褒められているかもしれないと思いながら、僕は、ずっとそれを養分として生き長らえてきた、この二十五年間。
与えられた仕事をこなし、束の間の充足を得て

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2 忘れない

遠くの席だったのによく目が合って、あの子は、僕に、他でもない僕に、笑いかけてくれた。綺麗な綺麗な笑顔で、ただそれだけで、その教室には、その世界には、僕とあの子のふたりしかいないような気がしていた。
灯りを消した子ども部屋。暗順応してきてうっすら見えてくる丸い蛍光灯。まっさらな天井。まるでパレットみたいだ。自由に、あの子との光景を描き出す。そして、あたかも羊を数えるように、ぐるぐる、あの子に伝える言

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4 恋≒

「喩えば、僕と君の心臓が切れない脈で繋がっていて、お互いなにも言わずとも、まるで共鳴するように、分かり合えたらいいのに。」
彼は、心から純粋な顔をして呟いている。

分かり合えたら?
分かり合えたら?
分かり合えたら?????

違う。彼はきっと、ただその相手が、彼そのものになればいいと思っていた。
 
彼は彼自身にしか恋出来ない。
彼の恋だと思っているものは、永遠に単なる近似値だった。

1 水中花火

その花火は、水のなかを足掻くように弾けている。
それも長らくその光は、なにかを主張するように迸っていて、なかなか消えてはいかない。そんなこともあるのだと僕は思った。
それは、炎タイプは水タイプに弱いという常識を軽く覆していた。拝啓、そのときだけ友達だった岩下くん。足首に、優しく撫でるような冷えた海水を感じながら、僕は、もう少しだけ生きてみようと思った。自分の周囲で、まだこんな珍しいことが起こってい

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【短編小説】母と逃避行

 

              ※

 出ていってやるという母の言葉を僕は今まで何度聞いてきただろうか。だいたい夜中十時ごろ、母の金切り声が聞こえてくる。ただ黙りこくってしかめ面をしつつも、ずっと日経新聞から目を離さずにいる父に向かって、母はいつも吐き捨てるように、その少ない語彙で罵声を浴びせていた。いつだって母はその瞬間、本気で父を陥れようとしていた。全力で父を傷つけようとしていた。そうして、

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【短編小説】靴と月蝕

           ※

 その日はきっと、みんな月を見ていたのだと思う。
 たった半年前のことなのに、その瞬間どうしてぼくがそこにいたのかは思い出せない。けれどもそれはなんの変哲もない、涼風がよく吹く夏の夜のことで、気付いたときには、あの空き地にひとりで立っていたのだ。通学路を少し逸れた場所にある寂れた空き地で、学校帰りにぼくはよくひとりでそこに行っていた。そしてそこで何の意味もなく、頭上に広

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【短編小説】方眼と夏

 何の変哲もない街灯さえも、夜にはやわらかく、そして優しく見える。空にうずまる星も、白く透き通るみたいな三日月も、よくよく見てみると、どれひとつとして煌びやかなものなんかじゃなく、ぜんぶがぜんぶ、もとあった輪郭を失くしたように、ぼんやりそこに佇んでいる。遥か昔、絵を描く時間に、クラスメイト数十人の集合写真を模した絵を書こうとしたとき、そこにいるひとたちがぜんぶ同じに見えたのを思い出した。絵具の黒に

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【短編小説】夕立

       ※

 ふと窓の外を見てみると、激しく地面を打つように雨が降っていて、灰色の雲が目に見えるくらいの速さで流れている。わたしはもっと間近で降りしきる雨を見たいと思って、窓を開け、ベランダに出る。けれどもわたしが実際ベランダに足を踏み入れると、降り始めたときと同じくらい唐突に雨は止んでしまって、ただ雨の匂いだけが辺りに漂っていた。わたしはほとんど呆然としたまま、いつの間にか綺麗に赤く映え

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【掌編小説】昼、喫茶店にて青春を捨てる

 休日に当てもなく街中を歩いていると、わたしは偶然ひとつの喫茶店を見つけて、特にすることもなかったわたしはそのまま店内に入っていった。外は煌びやかな太陽が今も燦々と照り付けているはずなのに、店内はその外の風景がまるで嘘であるかのように仄暗い雰囲気を醸し出していた。辺りを見渡すと店内にいる客はわたしひとりだけで、あとはカウンターのすぐ近くにひとり店主が佇んでいるだけだった。
 わたしはそのとき、やっ

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【掌編小説】夜、ベランダにて回想

 夜になるとぼくはひとりでベランダに出る。半袖で出られるくらいの外気が既に辺りを漂っていて、ああ、もうすぐ夏がやってくるのだと、ぼくは自らの肌をもって実感した。けれども季節というのは、所詮、ぼくにとってはただの付属品でしかないのだ。だって、夜になってベランダに出ると、必ず彼がいるから。彼がいる間、いくら年月が経とうが、いくら季節が巡ろうが、きっとぼくは十九歳のままなのだ。
 風が吹き抜けて、木々に

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【短編小説】図書館で見た夢

 小さな頃、夢を見るのが怖かった。眼を閉じて、夢の世界に入って、そのなかではきっと会いたくない人に会うんだろうだとか、得体のしれない何かに襲われるんだろうだとか、そんなことを想像し始めると、幼い頃のわたしの目はたちまち冴えてきてしまうのだった。そのせいでいつだって夜が長く感じた。外で鳴く虫の声や、路上を走る車の音ばかりが耳に残った。ベランダの外から見える街灯のオレンジばかりが目に映った。そうして眠

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