9 彼

彼は作家を志していた。どこまでも、自分の人生を目一杯希釈したような、そんな薄いことしか書けなかったけれど。

万年筆のペン先でも、きみの首を掻き切れる。

そう、彼は昔、彼以外の全員がこの世界からいなくなればいいと本気で思っていたのだ。そうして自分の作品で、他人を傷つけることばかり考えていた。

けれども、彼は真面目だった。作家として大成するために、寝る間も惜しんで勉強をし、「教養」を身に付けていった。でもいつしか、他人を傷つけたいとは思わなくなった。

もちろん彼は作家になれなかった。

彼はきっと、八十年生きた後でも思い続けるだろう。
一度でいいから、誰かを本気で憎んでみたかった、と。

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