マガジンのカバー画像

『義』のまとめ

46
長編小説 『義』 をまとめております。 ・男と『義』の定義。『義』とは、正義の『義』、大義の『義』だ。限界集落育った男は、東京の大学へ進学する。東京の地下施設にて、『義』の象徴…
運営しているクリエイター

#読書の秋2021

『義』  -始まり-    長編小説

『義』  -始まり-    長編小説

始まり

 年代物の赤ワインが、透き通るほど磨かれたワイングラスに注がれていた。ワイングラスは高層ビルから溢れる光を受け、薄い縁が刃物のように輝く。二つのうち、片方のグラスの縁には、薄い桃色の口づけが付いていた。グラスの間に置かれたキャンドルは、親指くらいの炎を上げ、時の経過を穏やかに奏でつつ、テーブルを挟む若い男女を眺めていた。どこか、覚束ない炎だ。空調が効き過ぎているわけではなく、紺色の蝶ネク

もっとみる
『義』  -大金を手に- 長編小説

『義』  -大金を手に- 長編小説

-大金を手に-

「お疲れ様です」

 大輔は言った。吉田は表情を変えず、勝利に喜んでいる素振りもなかったが、肉体には汗が輝き、戦果を称え、美を更に修練させていた。

 吉田はパイプ椅子に座り、試合前と同じように腕を組んでいる。すると黒いスーツを着た男が吉田に近付き、白色の分厚い封筒を渡した。吉田は封筒を受け取り、中身を確認することなく、大輔に差し出した。これはなんだと思いつつ、大輔は封筒を受け取

もっとみる
『義』  -戦いを終えた吉田はどこに行くのか- 長編小説

『義』  -戦いを終えた吉田はどこに行くのか- 長編小説

戦いを終えた吉田はどこに行くのか

「吉田さん、もうお出掛けかい?」

 警備員が問い掛けるも、吉田は答えない。

「今日も晴天だから、墓参り日和だよ。あ、君は、斎藤大輔くんだね。お帰り。はい、これが預かった荷物」

 警備員は、大輔の荷物をテーブル上に乱暴に置いた。

「君。ここで見たことは絶対他言したらいけないよ。絶対にね。命を粗末にしちゃいけない。君は若いんだし。何歳かい? ほう、二十歳かい

もっとみる
『義』  -大輔の『義』への入り口- 長編小説

『義』  -大輔の『義』への入り口- 長編小説

-大輔の『義』への入り口-

 開店前の居酒屋にて、大輔とアルバイト先の店長が向かい合って座った。薄暗い照明が、店長の顔色を一層蒼白に塗り替えていた。厨房にいる数人のアルバイトの男女は、齷齪と開店準備に追われてつつ、時折二人の様子を眺望していた。珍しいのだろう。大輔は彼らの視線を頬で感じた。

「店長、すみません。アルバイトを辞めさせて下さい」

 大輔は深々と頭を下げた。店長は腕組みをしている。

もっとみる
『義』  -幼馴染との時間を回想- 長編小説

『義』  -幼馴染との時間を回想- 長編小説

幼馴染との時間を回想

 田圃の畦道を幾多も超えて、クヌギの森へ向かう。大輔が先頭を歩き、幼馴染の男の子が後方を歩く。空っぽの虫籠が背中で小さく跳ねているが、ランドセルのような煩わしさは感じない。畦道から森へ入ると、蝉の鳴き声が彼方此方から聞こえてきた。人家が遠く、人の気配はない。たった今、この森が、二人だけの世界に作り変わった。欺瞞することも、厭世することもない。黒いクワガタ虫の小さな希望を求め

もっとみる
『義』  -再び、地下へ- 長編小説

『義』  -再び、地下へ- 長編小説

-再び、地下へ-

 懐古的な晴れやかな気持ちで、新宿の街をぶらつく。幼馴染の男の子がいない侘しい感情すらも咀嚼し、美味に変える。皆、大人になってしまったのだ。骨が太くなり、胸板が厚くなり、至る所に太い体毛が生えていた。不細工だと、他人から揶揄されるかも知れない。他人の経験と教養から導き出された、美に反すると。実際に、遥香から揶揄された。しかし、彼女は知らない。店長も知らない。両親だって、大学の教

もっとみる
『義』  -吉田の危機- 長編小説

『義』  -吉田の危機- 長編小説

-吉田の危機-

 吉田はスーツを脱ぎ、白いパンツに着替え、リングに立つ準備を進めた。大輔は吉田の洗練された行動を、一心に眺める。今日は誰と戦うのだろうか。鍛え上がった吉田が、リング上で倒れることはあるのだろうか。

「行くぞ」

 吉田は声を出し、扉を開けてリングが設置された会場への廊下を歩いた。

 ロープに包まれるリングは、照明にて煌々と照らされていた。二人はリングサイドへと向かった。大輔は

もっとみる
『義』  -多磨霊園に眠る-    長編小説

『義』  -多磨霊園に眠る-    長編小説

多磨霊園に眠る

 新宿から下り電車に乗り、多磨霊園を目指す。黄色の横線が入る電車の車窓に、小粒の水滴が疎らに張り付き、東京の街をより不鮮明に描き直していた。少ない乗車客の中、大輔は窓の外を眺めながら過ごしていた。

 地下施設での二日目は、静かに明けた。馬乗りで殴られていた吉田は、ジャクソンの腕の関節を取り、苦戦しつつも勝利した。額には複数の切り傷を作り、頬には真っ赤な痣が痛々しく浮かんでいた。

もっとみる
『義』  -『義』とは-    長編小説

『義』  -『義』とは-    長編小説

『義』とは

 それから、数日経った。大輔は大学図書館の机に座り、複数の辞書を引いていた。『義』について、辞書を引き、細部までも深慮したかった。

 ある辞書には、

『人としてふみ行うべき道。利欲を捨て、道理にしたがって行動すること。「義人」「信義」』

 ある辞書には、

『儒教における五常(仁・義・礼・智・信)の一。人のおこないが道徳・倫理にかなっていること』

 との記載がある。大輔は辞

もっとみる
『義』  -亡き人に想いを馳せる人- 長編小説

『義』  -亡き人に想いを馳せる人- 長編小説

亡き人に想いを馳せる人

 大輔は電車を乗り継ぎ、多磨霊園に着いた。多磨霊園入り口で仏花を買い、園内に入る。霊園は想像した通りの静けさだった。大きく深呼吸をして、吉田が参っていた山岡家の墓を目指し、曖昧な記憶を探りながら足を進めた。蝉の鳴き声と墓跡を駆けるける清澄な風が、懐古的な気分にさせ、先ほどの鬱憤とした感情が氷のように溶けてゆく。

 各区間を記している案内板を見て、墓の間に敷かれた路地を歩

もっとみる
『義』  -山岡家にて (前半)- 長編小説

『義』  -山岡家にて (前半)- 長編小説

山岡家にて (前半)

 幸子の家は、閑静な住宅街の一角に佇む、庭付きの洋館だ。大輔の実家と比較すると、幸子の家は貴族が住む邸宅のような佇まいだ。大輔は吹き抜けの玄関を見上げて、息を飲む。高い天井からシャンデリアが釣られ、淡い光を放っていた。前方の壁には向日葵畑の油絵が掲げられ、床に置かれた花瓶には向日葵が活けてある。

「向日葵がお好きなのですね」

  大輔は、スリッパを用意する幸子へ言った。

もっとみる
『義』  -山岡家にて (後半)- 長編小説

『義』  -山岡家にて (後半)- 長編小説

山岡家にて (後半)

「ただいま」

 男の声が響いた。低く滑らかな声色だ。

「あら、主人かしら。大輔くんはこのまま、お座りになっていて下さいね」

 幸子は玄関へ向かった。大輔は姿勢を正し、廊下の奥で聞こえる幸子と男の会話に耳を傾ける。二人の会話には、若い男女に見受けられない、尊重と尊厳の絡み合いが自然と溢れていた。

 幸子と男が戻って来た。幸子の隣に立つ男は、白髪で目尻の垂れた穏やかな表

もっとみる
『義』  -バーボンロック・ダブル- 長編小説

『義』  -バーボンロック・ダブル- 長編小説

バーボンロック・ダブル

 都庁前にて停車し、大輔は車を降りた。修一へお礼を伝えると、車は走り去った。辺りには、身体に纏わりつく蒸された空気が重く居座っている。新宿駅を目指す終業後の人の群れに溶け込み、地下施設の入り口へ向かった。

 汗を滲ませ、地下施設の入り口に着いた。警備員室を覗くと、初めて見る警備員が立っていた。風貌は若い。警備員が大輔の視線に気付き、警備員室を出てきた。

「何か御用でし

もっとみる
『義』  -帰郷- 長編小説

『義』  -帰郷- 長編小説

帰郷

 風光明媚な情景に両翼の影を加えつつ、大輔と健斗が搭乗している鶴のマークが輝く飛行機は、阿蘇くまもと空港へ降下する。大学の夏休みを迎えたこの時期の機内は、大学生の若い団体客が草臥れたスーツを着る社会人に混じって搭乗し、搭乗率は満席に近い。

「もうすぐ、九州の地に初めて足をつけることになる。なんだか感慨深いなあ」

 窓側に座る健斗は、目を丸くして喜びの声を漏らす。

「単なる、田舎さ」

もっとみる