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看護師としてITベンチャーで働く。がん治療生活サポートアプリ「ハカルテ」開発で活きる臨床経験

株式会社DUMSCO(ダムスコ)は、婦人科がん患者のQOL(クオリティ オブ ライフ:生活の質)について研究している京都大学大学院医学研究科と、がん患者向けの治療生活サポートアプリ「ハカルテリサーチ」(医学研究用)を共同研究してきました。

(ハカルテのサービス概要はこちら:「がん治療に寄り添い伴走する。がん患者向けの治療生活サポートアプリ「ハカルテ」とは」

現在DUMSCOでは、研究の場に限らない一般のがん患者向けハカルテアプリを開発中です(2024年リリース予定)。

今回は、看護師としてハカルテ開発チームに参加している、DUMSCO社員の倉地里枝さんにお話を伺いました。

DUMSCO社員で看護師でもある倉地さん

ーー倉地さんは看護師資格をお持ちですが、病院ではなくIT業界で働くことを選択されています。このキャリアに至った経緯を教えてください。

倉地:私は大学の医学部看護学専攻を卒業したあと、病院の感染症科・内科混合病棟で看護師として働いていました。そこで、細菌やウイルスなど目に見えないものによって苦しんだり亡くなったりしている患者さんを目にして、病原微生物について学びたいと思うように。

また、この病原微生物が医療者の手指や病院環境を介して患者さんに広まる可能性があることや、感染症を治療するために開発された抗菌薬が効かなくなる薬剤耐性菌が増えていることを知り、感染制御学を学ぶために大学院に進学しました。

倉地:大学院で学ぶなかで、人が本質的に健康になること、つまり「病気にならないように生活習慣を改善する」ことや、「ヘルスリテラシーを高くする」ことに関わるためには、必ずしも病院で働くだけが正解ではないのかもしれないと考えるようになり、修了後はヘルスケア系のベンチャーで働くことを選びました。

これまで同じ業界内で2社経験し、オンラインでの医療相談・医療機関の紹介事業や、特定保健指導(特定健診の結果に応じて専門家が生活習慣改善のためのアドバイスなどを行うこと)の事業に携わってきました。

IT業界に身を置いてはいるものの、臨床から完全に離れて看護師としてのスキルを失ってしまわないように、また、大学院時代から院長やスタッフ、患者さんによくしていただいていることもあり、現在も週末はクリニックで看護師として勤務しています。

現在も勤務しているクリニックにて

ーー会社員と看護師の二足の草鞋なんですね。DUMSCOに入ったきっかけは?

倉地:働いているクリニックは泌尿器科なのですが、そこで腎臓がんや膀胱がん、前立腺がんなどのがん患者さんと接することもしばしばあって、がん治療に関心を持つようになりました。

会社員としては、生活習慣病予防という「病気になる人を減らす事業」に取り組んでいましたが、がんになった後の治療や、治療生活を良くするために何かできないかなと考えていたところ、求人サイトでDUMSCOから声を掛けてもらったんです。
がん患者さんの治療生活をサポートするアプリ「ハカルテ」の事業があることを知り、そこに看護師として携わってみたいと思い、転職を決意しました。

ーー看護師としての経験も、IT業界での経験も、どちらも活かせそうな選択だったのですね。ハカルテ事業はいまどういった段階で、倉地さんはどんな仕事をしているんですか?

倉地:ハカルテリサーチ(医学研究用)は、婦人科がん患者さんのQOLを研究するために、京都大学婦人科の先生方と共同研究したアプリで、現在では京都大学に限らず多施設での研究に使用されています。
そういった研究で実際に患者さんにお使いいただくなかで、症状や体調のメモなどを簡単に記録できることがとても好評でした。

そこで、研究の場に限らず一般のがん患者さんにもお役立ていただきたいと考え、一般向けハカルテアプリの開発に着手しはじめたところです。
一般のがん患者さん向けのハカルテアプリは2024年4月リリースを目指して開発中です。

倉地:現在は、そもそもどういうアプリだったら患者さんの役に立つものになるのかを知るためのリサーチをしている段階です。
私は、がん患者さんやそのご家族、がん看護を専門としている看護師の方などへのインタビューを担当しています。お話を聞きながら、がん治療の現場でどんなことが課題となっているのかを把握している最中です。

現在開発中の一般向けハカルテアプリのβ版画面。スマホのカメラで心拍変動を計測し、治療中の自律神経の状態を記録できる。

ーー患者さんだけでなく看護師さんにもインタビューするんですね。

倉地:そうです。がん患者さんの悩みをお聞きするのはもちろんですが、がん看護の専門職としての看護師の視点から「がん治療は本当はこういう風にあるべきなのに、なかなか実現できていない」という課題もかなりあるようです。

ーーたとえばどのようなことですか?

倉地:患者さんは医師や医療者に遠慮してしまって、思っていることを話せなかったり、診察室に入っても後に待っている人がたくさんいるから、時間を取らせたら悪いと思ってしまったりして、あまり治療や生活の悩みについて相談できていない現状があるそうです。

たとえば抗がん剤治療中の患者さんだと、痛みや吐き気といった症状は医療者から質問されることも多いので伝えやすいですが、なんとなくの倦怠感や便秘、眠れないといった症状については医療者に伝えられていないことも多いと言われています。

倉地:「これぐらいみんな我慢してるのかな」「もし『副作用が辛い』と言って、抗がん剤を減らされてしまったらどうしよう」などと思ってしまったり、症状について医療者に伝えても、仕方ないものとして対処してもらえなかったという経験から、伝えるのを諦めてしまったりということもあるようです。
また、治療における経済面での不安も、看護師に言うわけにもいかず、かといって他の誰にも言えなくてひとりで抱え込んでしまう。

そういう「言えない・可視化されない患者さんの不安」があるとQOLが下がって、治療に前向きに取り組めなくなってしまいます。
がん看護を専門とする看護師さんたちは、そこに対する課題意識をかなり持っていらっしゃって、インタビューを通して非常に多くのことを学ばせていただきました。

研究用アプリ(ハカルテリサーチ)の医療者側の管理画面

ーー倉地さん自身の看護師としての経験は、ハカルテの開発にどのように活かせていますか?

倉地:過去に働いていた病院ではがん治療中の方も多かったので、抗がん剤治療を受けている患者さんにどのような副作用が起こって、患者さんがどのように感じているのかというリアルなイメージができるのは役立っています。
実際に、がん患者さんが病院でどういう体験をしているのかを目で見ているメンバーがいるかどうかは、がん患者向けサービスを作る上でとても重要だと考えています。
いまも週一ですがクリニックで外来診察に入っているので、疾患は異なりますが医療現場に共通する「医師や看護師と患者さんのコミュニケーションにおける課題」は自分の肌で感じています。

ーーたしかに、医療現場での勤務経験があるメンバーが開発チームにいるのは心強いです。現場で医療者と患者さんの間で実際にどういうコミュニケーションがされているのかを知らないと、アプリ開発が間違った方向に進んでしまいそうです。

倉地:本当にその通りだと思っています。いま勤務しているクリニックでは、患者さんに「がんの疑いがある」とお伝えする場面があるのですが、いざ医師に「がんの可能性があります」と言われると、冷静に話を聞いて質問できる患者さんは多くありません。
そういうところを見ているおかげで、「患者さんは意外と診察室でメモを取っておらず、言われたことを忘れてしまっていたり、気になることがあっても医療者に質問したりしづらい」という細かい需要がわかるので、やはり臨床から完全に離れなくてよかったと思っています。

ーー現在、一般ユーザー向けに開発しているハカルテアプリは「がん治療中の患者さんの心身の状態をアプリで記録できるようにし、自宅療養中の体調の変化について、定期通院の時に医師や看護師に伝えやすくする」という目的のもとに作られていますが、ハカルテを使うことによって患者さんにどういった価値を提供したいですか?

倉地:現在のがん治療では「アドヒアランス」という概念が重視されています。「患者さんが自分自身の治療内容を理解して、医師や看護師と一緒に治療を決定し、その治療に対して主体的に取り組む」という意味です。

アドヒアランスが良い状態になるためには、患者さんが自身の体調をきちんと把握・管理したり、治療の意味や副作用について理解するために、自身でエビデンスのある情報を調べるということが重要だと考えています。
また、わからないことや不安なことは遠慮をせずに医療者に伝えるという力も、同じく重要だと思っています。ハカルテの開発チームではこの力を「患者力」と呼んでいます。

患者力を高めることで主体的に治療に取り組めるようになり、QOLが上がれば治療成果も高まる。ハカルテが提供できる価値はこの「患者力向上のサポート」なのではないかと思っています。

現在開発中の一般向けハカルテアプリのβ版画面。先述の自律神経の状態のほか、副作用や気分などの項目を記録できる。

ーーなるほど。お医者さんに言われた治療に黙々と取り組むことが必ずしも良い姿勢ではないのですね。

倉地:そうですね。たとえば、血管が細くて、抗がん剤の点滴ルートをとるときによく刺し直される方は、受付の時に「〇〇さんという看護師さんはいつも一回でルートをとってくれるので、可能であれば〇〇さんにお願いできますか?」と言うなど、治療に関する希望や要望もまずは伝えてみることが大切です。
同じ治療でも、医師や看護師に言われるがままにやって、ずっと不安や気がかりなことが残っているのと、治療内容を理解して、わからないことは解消されていて、治療が自分の手の中にある感覚で行うのとでは、大きな違いがありますよね。

ーーたしかに。患者さんの自己効力感に大きく影響しそうです。最後に、ハカルテ開発に対する思いがあればお聞かせください。

医療現場は常に人手不足で、一人の患者さんに時間をかけられない現状があり、がん治療中の患者さんのQOL向上にはなかなか手が回っていないという課題があります。
医療者側もその課題をなんとか解決したいという思いがあり、ハカルテを共同研究してくださっている医師の先生方はとても熱心にご尽力くださっています。

がん治療の現場にいる方たちのお話を聞くなかで、やはりハカルテによって解決できる課題は結構あるのではないかという実感が持ててきました。

一般のがん患者さん向けのハカルテアプリが世に出ることで、少しでもがん治療の現場に貢献できたらと思っています。


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