灰谷魚

小説置き場として利用しています。たまに増えます。 sakana2177@gmail.c…

灰谷魚

小説置き場として利用しています。たまに増えます。 sakana2177@gmail.com

マガジン

  • 疫病小説集

    2020年にnoteに発表した小説はすべてCOVID-19の流行に触発されて書いたものなので、マガジンにまとめてみました

  • nine stories

    自薦小説マガジンでしたが、現在は一時的に空っぽです。そのうち戻します

  • ベリーショート

    1200字以内の小説

  • overdose

    自分以外のnoteを集めるぞ

  • 沼底のマリー・ アントワネット

    想像してごらん、灰谷魚氏のいない世界を

最近の記事

  • 固定された記事

純粋個性批判

 モリー・ガールをご存知だろうか? もちろん知っているでしょう。時代の寵児であり、単なる色モノであり、本物の本物であるMolly Girl。大昔のあやふやな概念でしかない「森ガール」なんて言葉をもじって自分の名前にしようとする変な奴だし、そもそも森が好きではないし、盛りは多めだし、銛で人を突き殺すくらいのことはしでかしそうな、あのモリー・ガールだ。私と彼女の思想はとてもよく似ている。というより、ほんとうは私がモリーだったのかもしれない。私が先にモリーになっていたら、今ごろはモ

    • バレリーナの狙撃術

       映画館の椅子に座ったとき、足もとでカタン、と小さな音がした。  何かを落としたんだろう、と探したけれど、何も落ちていない。貴重品はすべて巣の中の雛鳥のようにきちんとバッグにおさまっていた。  でも私はたしかに何かを落としたんだと思う。iPhoneとか、サイフとか、自分の心とかより、もっと大切な何かを。  それは体重が何グラムか軽くなってしまったような、はっきりと身体的に感じられる欠落だった。ちょうど耳がひとつなくなったみたいな。映画から得られるものでは埋めることのできない何

      有料
      300
      • チョコレート滅亡(333字)

        「都市計画の時代はもう終わりだ」致死量のチョコレートを食べて彼女は饒舌になりすぎている。見渡す限りチョコレートの海。一人残らず溺れ死に、一つ残らず沈んでゆく。人類を包み込む災厄の波動だ。「文明はチョコレートと共に始まった。製法は幾度も失われたが、マヤより遥か以前、オルメカの時代には復活している。最初期の神と言えよう。神による文明の完全破壊。これは単なる摂理に過ぎない」平然と彼女は言った。「ま、好きなときに生きてて良いよ。それ以外は死んでいて。街も人も醜いでしょう。何もかもが消

        • 海とケーキの脆弱性(2999字)

           Twitterの滅亡から20分が経過した。私の精神は1秒ごとに活気を取り戻している。だって、もう二度と「トレンドに※※ってあるから、てっきり※※のことかと思ったのに、どうやら私の知らない※※があるみたいだ」を見なくて良いし、もう二度と、自信と怯えだけは充分すぎるほど持っているのに、才能と聞く耳だけはまるで持っていない新型権力者たちの戯言を目にしなくて済むし、もう二度とTwitterだけで繋がりのあった、話したことはないけれど、なんとなく温かい気持ちになったり、行く末が心配だ

        • 固定された記事

        純粋個性批判

        マガジン

        • 疫病小説集
          5本
        • nine stories
          1本
        • ベリーショート
          22本
        • overdose
          43本
        • 沼底のマリー・ アントワネット
          8本
          ¥200

        記事

          Girls on Filter (2500字)

           奈津子が内臓をいくつか落としたというので、私たちは二人で夜道を引き返す。暗い雑木林。iPhoneのライトだけが頼りだ。 「今日は早く帰れると思ったのに」と私。 「もう愚痴か? まだ5分も探してないよ」 「いやいや、私関係ないからね、本来」 「でも私とは関係あるじゃん? 私に関係した自分の運命を呪ってね」 「なんで毎日内臓落とすんだよ」 「握力なくてさ」 「意味わからん」 「最悪、肺と心臓さえあれば動くからね、人って」 「そんなわけなくない?」  白い小石をたどるヘンゼルとグ

          Girls on Filter (2500字)

          Xと夏とビデオテープ

           Xが私の部屋に出現したのが13日前。  そのさらに3000日前のこと。私は唐突に歳を取らなくなった。  ごく低い確率で、人はある時点から歳を取らなくなるものだが、自分がそうなってしまうとは想像もしていなかった。とりたてて野心も特徴もない女に【不老】の特性が宿ることもあるのだ。  最初に感じた異変は食欲の喪失だった。人は食べることで老化する。当時の私は毎日記憶をなくすほど無茶な働き方をしていたから、自分が一切の飲み食いを必要としなくなっていることに、ひと月以上も気がつかずに

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          Xと夏とビデオテープ

          距離と妄想(6300字)

           戦う君の歌を、戦わない奴らが笑いもしないし、聞いてもいないし、そもそも近くにいないだろう。  とくに最近は人と人との距離が離れすぎている。人類がようやく適切な距離感を獲得したとも言える。  物理的にも精神的にも。  アルバイト先の同僚である堀川塔花にも近づけなくなった。そもそも僕と堀川塔花の皮膚は1ピクセルたりとも重なったことはないし、重なることは未来永劫ないのだろうし、精神にいたっては宇宙的な規模で隔絶している。  堀川塔花の甘い香りも、堀川塔花が本当は何を考えているのか

          距離と妄想(6300字)

          あのこだけ今晩は(2020字)

           いつものように詰め替え用シャンプーを買おうとして、やめた。詰め替え作業を想像しただけで気が滅入ってしまったのだ。新品のボトルシャンプーを買う。気分は晴れやか。しかし生活とは、このような細部から破綻するものと相場が決まっている。帰宅した私は自分をいましめるために冷水のシャワーを浴び、凍え、髪は洗わず、スキンケアを怠り、夕食も抜いた。泣きながら寝た。  翌朝、アルバイトに向かう前にビッグマックを2つも食べた。ビッグマックを2つ連続で食べた経験がおありだろうか? 2つめはハンバ

          あのこだけ今晩は(2020字)

          三月はない(500字)

          この世界には2020年2月29日までしか用意されておらず、3月はない。ここで終わり。世界の滅亡?いえいえ、第2シーズンの開幕です。明日からは全てのプレイヤーが、思い出の中で自由に生きられる。細部に渡って過去を改変しながらね。といっても、新しいあなたの世界の住人は、厳密に言えばあなた1人。過去の全ての人類が、それぞれの記憶容量の中で、個別に幸せを追求できるのです。未練がましいあなたのことだし、盆栽みたいに手間暇かけて、永遠に過去を修正し続けることになるかもね。私の唇のわずかな歪

          三月はない(500字)

          不要不急の私たち(7777字)

           私は働いていない。  夜は部屋の隅でじっとしている。  昼は街をぶらつき、奇妙な看板や可愛い猫なんかを探して過ごす。  私はそれらを写真にはおさめない。写真を撮ると落ち込んでしまう。画角に切り取られなかった外側の世界のことばかり考えてしまうから。写真の外は、目的も予定もある正しい人間たちのすみかだ。  自分の人生を思うと気分が悪くなってしまう私のような人間は、都合の悪いことからは目をそらして生きるしかない。  この人生から脱出する方法を知りたいわけではない。励ましてほしいわ

          不要不急の私たち(7777字)

          絶対安全チョコレート(999字)

           2月のどこにも君はいない。2月以外のどこかに消えた。君がいないと知りながら、僕は未練がましく2月の世界をさまよっている。  2月の日々は工場で作られたように区別がない。  2月の風には匂いもなければ重さもない。  すなわち君の言葉を再生するのに最適な環境だ。 「私の目には空気が一粒ずつ見える」 「非科学的だよ」 「純粋な科学の話。私に有害物質は付着しない。一粒たりとも見逃さない」 「粒?」 「粒」 「僕は穢れて見えるだろうね」 「非常に穢れて見えますね。百の病におかされて

          絶対安全チョコレート(999字)

          2019年に読んでおもしろかった本

          2019年に読んだ本のベスト10みたいなものを書いてみよう、と珍しいことを思い立ったのだけど、ちょうど2019年から読書記録を付けるのをやめていたので、どれが今年読んだ本なのかわからなくなってしまった。新刊ばかりを読んでいるわけではないし(むしろ少ない)、もはや年月の経過するスピードも認識できなくなっているため(25歳になったあたりから自分の年齢も正確にはわからなくなっている。それがかなり昔のことだというのはわかる)、10冊を選ぶ作業に非常に難儀した。難儀したというか、最初の

          2019年に読んでおもしろかった本

          死と教育(666字)

          13歳にして僕は小学校の担任を全員亡くしている。 6人の先生のうち、老人だった3人は病死。1人は焼死。1人は台風の日に屋根を修理しようとして転落死した。 最後の1人が山岸先生だ。4年生のときの担任だったが、昨日遠い街で殺されて、 山岸沙織(26) という文字列に変化してしまった。 「真野くん」 山岸先生がこの上なくクリアな発音で僕を呼び止める。 あれは6年生の夏。 「受験することにしたって?」 「はい。一中です」 「勉強は足りてる? この辺の塾だと弱いと思うよ」 「土日だけ

          死と教育(666字)

          逃避行(777字)

          「変な夢見てた。今」彼女がつぶやく。「学校の行事で、しばらく宇宙に住むことになる夢。全員ばらばらの場所に、2年間も。修学旅行と兵役の中間みたいな感じかな。私は土星。幼なじみの子は木星。で、当日私は寝坊するの。準備もぜんぜんしてなくて。水着って向こうで買える? 暇つぶしを持って行くべき? 銃は? って感じで、手当たりしだい鞄に詰めて外に出た。そしたら、ちょうど隣の家から幼なじみが飛び出してきたから、一緒に走ってバスに乗ったの。その子のことは何とも思ってなかったはずなのに、狭いシ

          逃避行(777字)

          素敵でしょうね(888字)

          彼女とはすれ違ってばかり。というより一度も会ったことがない。職業も生活圏もまるで違うのに、不思議と共通の知り合いが多いから、お互いの噂はよく耳にする。誰かを介して三人で会おうとしたことが何度もあった。けれど必ずどちらかの都合が悪くなる。避けようのない急用やトラブルが発生する。会うな、と神様に言われているみたいに。 知人の口から、お互いの性格や近況を知る。片方のいない食事会で。 同じ映画が好きなこと。誕生日が近いこと。水泳部だったこと。転職したこと。骨折したこと。トマトに軽い

          素敵でしょうね(888字)

          Sugar Town(333字)

          子供はみんな空を飛べる。いつのまにか飛べなくなる。私は子供心を失わなかった。二児の母となった今でも飛べる。将来の夢はお花屋さん。ケーキ屋さん。お姫様。息子と娘はもう飛べない。私と話が通じない。というより私の言葉はもはや誰にも届かない。大きな声で叫んでみても、何かに阻まれて砕け散る。だけど私は飛べるのだ。ふわふわ浮かんで町を散策。いい匂いのするパン屋さん。角を曲がるとお洋服屋さん。路地裏にある雑貨屋さん。ずっと昔から変わらない。ずっと昔から出られない。甘い風の吹く牢獄。大人にな

          Sugar Town(333字)