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逃避行(777字)

「変な夢見てた。今」彼女がつぶやく。「学校の行事で、しばらく宇宙に住むことになる夢。全員ばらばらの場所に、2年間も。修学旅行と兵役の中間みたいな感じかな。私は土星。幼なじみの子は木星。で、当日私は寝坊するの。準備もぜんぜんしてなくて。水着って向こうで買える? 暇つぶしを持って行くべき? 銃は? って感じで、手当たりしだい鞄に詰めて外に出た。そしたら、ちょうど隣の家から幼なじみが飛び出してきたから、一緒に走ってバスに乗ったの。その子のことは何とも思ってなかったはずなのに、狭いシートに並んで、無言でバスに揺られているうち、2年も会えないのかあ、って胸が潰れそうになってきて。このまま二人で遅刻できたらいいのに。クラスで二人だけが地球に置き去りにされたらいい。私となんて、この子は嫌だろうけど。昔はよく遊んだのにな。とか思った。で結局、間に合うの。『また2年後に』ってその子が笑って手を振って、私は何か取り返しのつかない失敗をしたような痛みを感じて……暗い気分で搭乗手続きを済ませた。水着忘れたかも、って思いながら。そこで目が覚めた」彼女の喋り方には、歌と囁きを混ぜたような不思議な響きがある。「寝てる?」と心配そうな声が追加された。「寝てない」と僕。「その幼なじみって実在するの?」「ううん、夢の中だけの人」「僕に似てなかった?」彼女は鼻息を漏らすように笑う。「ちょっと似てたかも」優しい言葉。でも少し残酷だ。彼女は再び目を閉じる。静かな呼吸。胸がゆっくり上下している。僕たちは冷たい金属の床に並んで横たわっていた。昨日までは見知らぬ他人だったのに。何か取り返しのつかない偶然が、二人を強制的に同志にしたのだ。相手が僕みたいな奴で、彼女はがっかりしただろう。宇宙船に乗ることができた夢の中の二人に嫉妬する。現実の僕たちは、何もかもに乗り遅れてしまった。



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