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ベリーショート

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7歳の騎士 (777字)

最初に失踪したのは私だ。7歳の夏のことだった。7歳の私にしかできないやり方だった。7歳でない者に私を見つけることなどできるはずもなかった。 私の見事な消失を契機に失踪の連鎖が始まる。7歳児ばかりが消えてゆく。次々に失踪する。7歳の純粋な意思によって。流星みたいに美しい尾を引いて。どことも知れぬ場所に落ちてゆく。 6歳の子供もいずれは7歳になる。すると自然に失踪を覚えてしまう。是非もなく失踪してしまう。8歳児はそのまま大人になる。間抜けな顔で老いてゆく。6歳と8歳のあいだにあ

宇宙の濃度

【小説】 ※無料で最後まで読めます 雨音を聞きながらコーヒーを飲んでいたつもりがいつのまにか逆になっていた。雨水をすすりながら降り注ぐコーヒーの音を聞いている。おそらく砂糖ひとつ分の濃度のコーヒー。注がれているこの世界は巨大なコーヒーカップの形をしている。誰かにひょいと持ち上げられてしまう。中身が揺れてしまう。あるいは僕自身がカップに降り注ぎ、何者かにすすられ、音を聞かれ、砂糖の濃度を推量されているかもしれない。人間だろうとコーヒーだろうと少しも油断できない世界だ。もちろん

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魔性

【小説】 ※無料で最後まで読めます あられもない姿の真季子にじっと見つめられている。 僕の内臓を透かし見るような熱っぽい視線。 僕はどうするべきか考える。 2017回目のループ。 毎回ここで真季子と関係を持ってしまう。 その後の僕の人生が、人知の及ばぬ土砂崩れのような地獄と化すことを知っているのに。 もっとも、真季子と出会う前だって、地獄であることに変わりはなかった。 真季子を知ってから、選択を迫られる今このときまでの、みじかい期間。それが僕の人生で唯一の安全地帯。 たぶん

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かなしくてやりきれない

【小説】 ※無料で最後まで読めます 事故で喜怒哀楽のうち哀以外の感情を失ってしまった。哀しい。 最近の私はいつも物憂げに、伏し目がちに暮らしている。 すると不思議なもので、以前より格段に他人から好意を持たれるようになった。おそらく喜・怒・楽といった感情は私には似合わなかったのだろう。 かつての私はとても感情の起伏が激しかった。どこかちぐはぐな女だった。哀という感情は私を魅力的に見せるし、しかもそのトーンで統一されている今の私は、ショーケースに入れられたシンプルでわかりやすい

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ジュリエットとジュリエット

【小説】 ※無料で最後まで読めます ジュリエットとジュリエットは旅先のホテルで知り合った。ホテルの手違いで同じ部屋に通されたのだ。ジュリエットたちは話し合って、まあいいか、同じ部屋でも、という結論に達した。 ジュリエットたちはすぐに意気投合し、同じ料理店で夕食をとった。お互いの身の上をさんざん語り合って、ひとつのベッドで眠った。翌朝ふたつの死体になっていた。ふたりとも毒を飲んでいた。 ジュリエットが亡くなったと聞いてホテルに駆けつけた恋人は、泣きたかったけれど、どちらのジュ

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ぼくの亡骸

【小説】 ※無料で最後まで読めます 彼女に関するほとんどすべての言葉はすでに言い尽くされていて、その語彙だけで小さな辞書がつくれそうなほどだったけど、それらは要約すればたったひとつの言葉になってしまうから、やっぱり辞書はつくれない。 「嫌い」 というのがその言葉。 みんな彼女のことを嫌っていた。 嘘ばかりつくし、人のものをすぐ盗むし、人がぜったいに言われたくないと思っている、誰の目にも明らかだけど、本人は隠しているつもりの暗い部分を、みんなの前で大声で明らかにしたりする。

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けものの叫び

【小説】 ※無料で最後まで読めます 世界の中心で愛を叫んだ帰りに財布がないことに気づいた。愛を叫んだ拍子に落としてしまったのだ。愛なんて叫ぶから。何をはしゃいでいたんだろう。急に恥ずかしくなってきた。とぼとぼと来た道を戻る。ふたたび世界の中心に戻った私。二度と来ないつもりだったのに。すでになつかしい。こんな場所は私には似合わないなと思う。道には乱視用メガネとかTSUTAYAのカードとか巨峰とかデラウェアとか恐竜の化石とかがごろごろしている。それらにまぎれて私の財布。やっぱり

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ピクニック

【小説】 ※無料で最後まで読めます 視界の隅で古女房と新女房が大げんかをしている。けど立ち入らない。 中女房が「はい、あーんして」と弁当を食べさせてくれるので食べている。 こんなところを最古の女房に見つかったら大変だ。怒りに我を忘れた最古の女房は、この場の全員を細かく切り刻み、おあげと一緒に煮てしまうだろう。最古の女房は何でもおあげと一緒に煮てしまう。そういう人なのだ。 といっても、最古の女房は2000年の眠りについていて、いま80年目ぐらいのところ。しばらくは大丈夫。僕は

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姉の車

【小説】 ※無料で最後まで読めます 私はときどき車酔いしたくて姉の車に乗る。 姉の運転ときたら目には見えないゴルフコースをフルスピードで走っているみたいに出鱈目なのだ。5分も乗ればでろでろ人間のできあがり。でろでろ人間は目隠しなしでもスイカ割りのスイカに到達できない。でろでろ人間は体操選手に向いていない。でろでろ人間は選挙権を持たない。 「どうしてあんな運転をするの」 「何かの暗喩でしょうね」 だけど姉とのドライブで得られる車酔いは極上だ。内臓をいったんすべて取り出して、

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何者でもない私たち

【小説】 ※無料で最後まで読めます 「キリトリ線にそって紙を切るタイプの人間と、キリトリ線を無視するタイプの人間がいた場合、二人の人生は大きく異なるだろう。二人の紙の切り口が大きく異なっているのと同じように」 「なにそれ?」 「私が考えた名言だよ!」 「ふーん」 「でも一般人の私じゃ説得力がないから、有名人の名前を借りて箔をつけることにするよ」 「どういうこと?」 「キリトリ線にそって紙を切るタイプの人間と、キリトリ線を無視するタイプの人間がいた場合、二人の人生は大きく異な

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草壁さん

【小説】 ※無料で最後まで読めます 草壁さんは今日も忘れ物をしたようだ。いつも何か忘れる人である。 どうやら今回は教科書を忘れたらしい。隣の席の男の子に見せてもらっている。 もうちょっと草壁さんの近くに座っていたら、私にもチャンスはあっただろうか。 先週髪を短く切った草壁さんのきれいなあごのラインを盗み見しながら思う。 この前、草壁さんと廊下ですれ違ったときには、草壁さんからとても良い匂いがただよってきて、くらくらになってしまった。なにかとてもナチュラルで、麻酔みたいにう

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マーガレット

【小説】 ※無料で最後まで読めます 道子というのが私の名前だけど、でも本当は莉緒という名前になる可能性もあったのだ。 母親がぜったいに莉緒にしたいと考えていたらしいから。 ところが周囲の反対にあって、私はなぜか道子になってしまった。 母親の当時の戦闘能力の低さを恨む。今ではもう誰も母親に逆らえなくなったというのに。 私も莉緒のほうが良かった。 リオ。 短く、歯切れが良く、派手で、知性も感じさせる。 莉、という漢字が草冠なところも良い。 私は草冠が好きだ。しんにょうは嫌いだ

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NAOMI

【小説】 ※無料で最後まで読めます ザイゼンナオミが押し寄せてくる。 山すそから。岸辺から。路地という路地から。 ザイゼンナオミは瞬く間に天文学的な数に達する。 にっこり笑ったザイゼンナオミ。ちょっぴりアンニュイなザイゼンナオミ。コーヒーはブラックのザイゼンナオミ。スヌーズ5分設定のザイゼンナオミ。サイゼリヤに入り浸るザイゼンナオミ。市が尾に部屋を借りるザイゼンナオミ。 あふれかえったザイゼンナオミは当然のことながら大人しくしているということはない。TSUTAYAとい

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パーティで会った女の子

【小説】 ※無料で最後まで読めます パーティで知り合った女の子と日を改めて会うことになった。 パーティで話が弾んだ女の子と別の場所で会うと、話がぜんぜん噛み合わない、というのはよくあることだ。この噛み合わなさというのは、たとえば「こんにちは」と言っているのに「証明できませんものね」と返されたり、「おいしいね」と言っているのに「歴史的解釈を用いましたか?」と軽く怒られたりするレベルの噛み合わなさ。今日はどうなるだろう。前回は話が盛り上がったけど、前回と同じ会話を繰り返すことは

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