草壁さん

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草壁さんは今日も忘れ物をしたようだ。いつも何か忘れる人である。
どうやら今回は教科書を忘れたらしい。隣の席の男の子に見せてもらっている。
もうちょっと草壁さんの近くに座っていたら、私にもチャンスはあっただろうか。
先週髪を短く切った草壁さんのきれいなあごのラインを盗み見しながら思う。
この前、草壁さんと廊下ですれ違ったときには、草壁さんからとても良い匂いがただよってきて、くらくらになってしまった。なにかとてもナチュラルで、麻酔みたいにうっとりさせられる、正体不明の良い匂い。どうして草壁さんはあんなに良い匂いがするのだろう。
もし、私が草壁さんの近くの席に座ったとしても、きっと頭が真っ白になってしまうに決まっている。ボールペンを貸してくれと言われているのに、口紅を貸したりしてしまいそうだ。


忘れ物の多い草壁さんだけど、一度だけ草壁さんが人にものを貸しているのを見たことがある。草壁さんは親しい友人に水筒を貸して中身を飲ませていた。オレンジ色のとても可愛らしい水筒だった。後日、私はそれと同じ水筒を買い求め、常時携帯するようになった。もしも草壁さんが水筒を忘れる日があったら、私が貸してあげるのだ。
草壁さんはにっこり笑ってこう言うだろう。
「あら、私の水筒と同じね」
それで私は頭が真っ白になってしまって、
「これは口紅なんですよ。水筒に見えるかもしれないけど」
なんてことを口走ってしまうのだ。


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