灰谷魚

小説置き場として利用しています。たまに増えます。 sakana2177@gmail.c…

灰谷魚

小説置き場として利用しています。たまに増えます。 sakana2177@gmail.com

マガジン

  • 疫病小説集

    2020年にnoteに発表した小説はすべてCOVID-19の流行に触発されて書いたものなので、マガジンにまとめてみました

記事一覧

固定された記事

純粋個性批判

 モリー・ガールをご存知だろうか? もちろん知っているでしょう。時代の寵児であり、単なる色モノであり、本物の本物であるMolly Girl。大昔のあやふやな概念でしかない…

灰谷魚
6年前
131

真夏の海まで(4666字)

 高速道路が永遠のループに突入して、退屈なドライブは終わりを見失った状態になる。  ダッシュボードに表示された終了予定時刻は、45分後から31時間後のあいだを小刻み…

灰谷魚
1日前
12

このたび「レモネードに彗星」という短編小説で、ありがたくも円城塔賞を受賞しまして。嬉しいので読んでみてください。嬉しすぎて私はもはや人間の形をしておらず、嬉しさの凝固したスーパーボールのようになっていますので。

https://kakuyomu.jp/my/works/16817330667733885854

灰谷魚
2週間前
22

バレリーナの狙撃術

 映画館の椅子に座ったとき、足もとでカタン、と小さな音がした。  何かを落としたんだろう、と探したけれど、何も落ちていない。貴重品はすべて巣の中の雛鳥のようにき…

300
灰谷魚
7か月前
25

チョコレート滅亡(333字)

「都市計画の時代はもう終わりだ」致死量のチョコレートを食べて彼女は饒舌になりすぎている。見渡す限りチョコレートの海。一人残らず溺れ死に、一つ残らず沈んでゆく。人…

灰谷魚
1年前
15

海とケーキの脆弱性(2999字)

 Twitterの滅亡から20分が経過した。私の精神は1秒ごとに活気を取り戻している。だって、もう二度と「トレンドに※※ってあるから、てっきり※※のことかと思ったのに、ど…

灰谷魚
1年前
40

Girls on Filter (2500字)

 奈津子が内臓をいくつか落としたというので、私たちは二人で夜道を引き返す。暗い雑木林。iPhoneのライトだけが頼りだ。 「今日は早く帰れると思ったのに」と私。 「もう…

灰谷魚
1年前
15

Xと夏とビデオテープ

 Xが私の部屋に出現したのが13日前。  そのさらに3000日前のこと。私は唐突に歳を取らなくなった。  ごく低い確率で、人はある時点から歳を取らなくなるものだが、自分…

100
灰谷魚
3年前
34

距離と妄想(6300字)

 戦う君の歌を、戦わない奴らが笑いもしないし、聞いてもいないし、そもそも近くにいないだろう。  とくに最近は人と人との距離が離れすぎている。人類がようやく適切な…

灰谷魚
4年前
47

あのこだけ今晩は(2020字)

 いつものように詰め替え用シャンプーを買おうとして、やめた。詰め替え作業を想像しただけで気が滅入ってしまったのだ。新品のボトルシャンプーを買う。気分は晴れやか。…

灰谷魚
4年前
123

三月はない(500字)

この世界には2020年2月29日までしか用意されておらず、3月はない。ここで終わり。世界の滅亡?いえいえ、第2シーズンの開幕です。明日からは全てのプレイヤーが、思い出の…

灰谷魚
4年前
36

不要不急の私たち(7777字)

 私は働いていない。  夜は部屋の隅でじっとしている。  昼は街をぶらつき、奇妙な看板や可愛い猫なんかを探して過ごす。  私はそれらを写真にはおさめない。写真を撮…

灰谷魚
4年前
58

絶対安全チョコレート(999字)

 2月のどこにも君はいない。2月以外のどこかに消えた。君がいないと知りながら、僕は未練がましく2月の世界をさまよっている。  2月の日々は工場で作られたように区別が…

灰谷魚
4年前
40

2019年に読んでおもしろかった本

2019年に読んだ本のベスト10みたいなものを書いてみよう、と珍しいことを思い立ったのだけど、ちょうど2019年から読書記録を付けるのをやめていたので、どれが今年読んだ本…

灰谷魚
4年前
60

死と教育(666字)

13歳にして僕は小学校の担任を全員亡くしている。 6人の先生のうち、老人だった3人は病死。1人は焼死。1人は台風の日に屋根を修理しようとして転落死した。 最後の1人が山…

灰谷魚
4年前
55

逃避行(777字)

「変な夢見てた。今」彼女がつぶやく。「学校の行事で、しばらく宇宙に住むことになる夢。全員ばらばらの場所に、2年間も。修学旅行と兵役の中間みたいな感じかな。私は土…

灰谷魚
4年前
43
純粋個性批判

純粋個性批判

 モリー・ガールをご存知だろうか? もちろん知っているでしょう。時代の寵児であり、単なる色モノであり、本物の本物であるMolly Girl。大昔のあやふやな概念でしかない「森ガール」なんて言葉をもじって自分の名前にしようとする変な奴だし、そもそも森が好きではないし、盛りは多めだし、銛で人を突き殺すくらいのことはしでかしそうな、あのモリー・ガールだ。私と彼女の思想はとてもよく似ている。というより、ほ

もっとみる
真夏の海まで(4666字)

真夏の海まで(4666字)

 高速道路が永遠のループに突入して、退屈なドライブは終わりを見失った状態になる。
 ダッシュボードに表示された終了予定時刻は、45分後から31時間後のあいだを小刻みに揺れ動いていた。
 百合沢アマネと桐生フミの乗り込んだクルマはクリーム色のシトロエン・ディアーヌ。1960年代のモデルだが、もちろん再現されたのは外見だけ。中身は最新式で、人間が運転する必要などなかった。運転席に座るアマネはハンドルに

もっとみる

このたび「レモネードに彗星」という短編小説で、ありがたくも円城塔賞を受賞しまして。嬉しいので読んでみてください。嬉しすぎて私はもはや人間の形をしておらず、嬉しさの凝固したスーパーボールのようになっていますので。

https://kakuyomu.jp/my/works/16817330667733885854

バレリーナの狙撃術

バレリーナの狙撃術

 映画館の椅子に座ったとき、足もとでカタン、と小さな音がした。
 何かを落としたんだろう、と探したけれど、何も落ちていない。貴重品はすべて巣の中の雛鳥のようにきちんとバッグにおさまっていた。
 でも私はたしかに何かを落としたんだと思う。iPhoneとか、サイフとか、自分の心とかより、もっと大切な何かを。
 それは体重が何グラムか軽くなってしまったような、はっきりと身体的に感じられる欠落だった。ちょ

もっとみる
チョコレート滅亡(333字)

チョコレート滅亡(333字)

「都市計画の時代はもう終わりだ」致死量のチョコレートを食べて彼女は饒舌になりすぎている。見渡す限りチョコレートの海。一人残らず溺れ死に、一つ残らず沈んでゆく。人類を包み込む災厄の波動だ。「文明はチョコレートと共に始まった。製法は幾度も失われたが、マヤより遥か以前、オルメカの時代には復活している。最初期の神と言えよう。神による文明の完全破壊。これは単なる摂理に過ぎない」平然と彼女は言った。「ま、好き

もっとみる
海とケーキの脆弱性(2999字)

海とケーキの脆弱性(2999字)

 Twitterの滅亡から20分が経過した。私の精神は1秒ごとに活気を取り戻している。だって、もう二度と「トレンドに※※ってあるから、てっきり※※のことかと思ったのに、どうやら私の知らない※※があるみたいだ」を見なくて良いし、もう二度と、自信と怯えだけは充分すぎるほど持っているのに、才能と聞く耳だけはまるで持っていない新型権力者たちの戯言を目にしなくて済むし、もう二度とTwitterだけで繋がりの

もっとみる
Girls on Filter (2500字)

Girls on Filter (2500字)

 奈津子が内臓をいくつか落としたというので、私たちは二人で夜道を引き返す。暗い雑木林。iPhoneのライトだけが頼りだ。
「今日は早く帰れると思ったのに」と私。
「もう愚痴か? まだ5分も探してないよ」
「いやいや、私関係ないからね、本来」
「でも私とは関係あるじゃん? 私に関係した自分の運命を呪ってね」
「なんで毎日内臓落とすんだよ」
「握力なくてさ」
「意味わからん」
「最悪、肺と心臓さえあれ

もっとみる
Xと夏とビデオテープ

Xと夏とビデオテープ

 Xが私の部屋に出現したのが13日前。

 そのさらに3000日前のこと。私は唐突に歳を取らなくなった。
 ごく低い確率で、人はある時点から歳を取らなくなるものだが、自分がそうなってしまうとは想像もしていなかった。とりたてて野心も特徴もない女に【不老】の特性が宿ることもあるのだ。
 最初に感じた異変は食欲の喪失だった。人は食べることで老化する。当時の私は毎日記憶をなくすほど無茶な働き方をしていたか

もっとみる
距離と妄想(6300字)

距離と妄想(6300字)

 戦う君の歌を、戦わない奴らが笑いもしないし、聞いてもいないし、そもそも近くにいないだろう。
 とくに最近は人と人との距離が離れすぎている。人類がようやく適切な距離感を獲得したとも言える。
 物理的にも精神的にも。
 アルバイト先の同僚である堀川塔花にも近づけなくなった。そもそも僕と堀川塔花の皮膚は1ピクセルたりとも重なったことはないし、重なることは未来永劫ないのだろうし、精神にいたっては宇宙的な

もっとみる
あのこだけ今晩は(2020字)

あのこだけ今晩は(2020字)

 いつものように詰め替え用シャンプーを買おうとして、やめた。詰め替え作業を想像しただけで気が滅入ってしまったのだ。新品のボトルシャンプーを買う。気分は晴れやか。しかし生活とは、このような細部から破綻するものと相場が決まっている。帰宅した私は自分をいましめるために冷水のシャワーを浴び、凍え、髪は洗わず、スキンケアを怠り、夕食も抜いた。泣きながら寝た。

 翌朝、アルバイトに向かう前にビッグマックを2

もっとみる
三月はない(500字)

三月はない(500字)

この世界には2020年2月29日までしか用意されておらず、3月はない。ここで終わり。世界の滅亡?いえいえ、第2シーズンの開幕です。明日からは全てのプレイヤーが、思い出の中で自由に生きられる。細部に渡って過去を改変しながらね。といっても、新しいあなたの世界の住人は、厳密に言えばあなた1人。過去の全ての人類が、それぞれの記憶容量の中で、個別に幸せを追求できるのです。未練がましいあなたのことだし、盆栽み

もっとみる
不要不急の私たち(7777字)

不要不急の私たち(7777字)

 私は働いていない。
 夜は部屋の隅でじっとしている。
 昼は街をぶらつき、奇妙な看板や可愛い猫なんかを探して過ごす。
 私はそれらを写真にはおさめない。写真を撮ると落ち込んでしまう。画角に切り取られなかった外側の世界のことばかり考えてしまうから。写真の外は、目的も予定もある正しい人間たちのすみかだ。
 自分の人生を思うと気分が悪くなってしまう私のような人間は、都合の悪いことからは目をそらして生き

もっとみる
絶対安全チョコレート(999字)

絶対安全チョコレート(999字)

 2月のどこにも君はいない。2月以外のどこかに消えた。君がいないと知りながら、僕は未練がましく2月の世界をさまよっている。
 2月の日々は工場で作られたように区別がない。
 2月の風には匂いもなければ重さもない。
 すなわち君の言葉を再生するのに最適な環境だ。

「私の目には空気が一粒ずつ見える」
「非科学的だよ」
「純粋な科学の話。私に有害物質は付着しない。一粒たりとも見逃さない」
「粒?」

もっとみる
2019年に読んでおもしろかった本

2019年に読んでおもしろかった本

2019年に読んだ本のベスト10みたいなものを書いてみよう、と珍しいことを思い立ったのだけど、ちょうど2019年から読書記録を付けるのをやめていたので、どれが今年読んだ本なのかわからなくなってしまった。新刊ばかりを読んでいるわけではないし(むしろ少ない)、もはや年月の経過するスピードも認識できなくなっているため(25歳になったあたりから自分の年齢も正確にはわからなくなっている。それがかなり昔のこと

もっとみる
死と教育(666字)

死と教育(666字)

13歳にして僕は小学校の担任を全員亡くしている。
6人の先生のうち、老人だった3人は病死。1人は焼死。1人は台風の日に屋根を修理しようとして転落死した。
最後の1人が山岸先生だ。4年生のときの担任だったが、昨日遠い街で殺されて、
山岸沙織(26)
という文字列に変化してしまった。

「真野くん」
山岸先生がこの上なくクリアな発音で僕を呼び止める。
あれは6年生の夏。
「受験することにしたって?」

もっとみる
逃避行(777字)

逃避行(777字)

「変な夢見てた。今」彼女がつぶやく。「学校の行事で、しばらく宇宙に住むことになる夢。全員ばらばらの場所に、2年間も。修学旅行と兵役の中間みたいな感じかな。私は土星。幼なじみの子は木星。で、当日私は寝坊するの。準備もぜんぜんしてなくて。水着って向こうで買える? 暇つぶしを持って行くべき? 銃は? って感じで、手当たりしだい鞄に詰めて外に出た。そしたら、ちょうど隣の家から幼なじみが飛び出してきたから、

もっとみる