素敵でしょうね(888字)
彼女とはすれ違ってばかり。というより一度も会ったことがない。職業も生活圏もまるで違うのに、不思議と共通の知り合いが多いから、お互いの噂はよく耳にする。誰かを介して三人で会おうとしたことが何度もあった。けれど必ずどちらかの都合が悪くなる。避けようのない急用やトラブルが発生する。会うな、と神様に言われているみたいに。
知人の口から、お互いの性格や近況を知る。片方のいない食事会で。
同じ映画が好きなこと。誕生日が近いこと。水泳部だったこと。転職したこと。骨折したこと。トマトに軽いアレルギーがあること。サンノゼの空港でビリー・アイリッシュを一瞬見たこと。ストリートビューに背中が映り込んでいること。何年も前、偶然同じライブ会場にいた夜があったこと。
今では彼女の香水のや視線を動かすときの癖なんかもわかるような気がする。一緒に朝の海を見た気もするし、親友や恋人だった過去もある気がする。どうしようもなく落ち込んだ夜に、ベランダから眺めた星の配列と彼女の肩の温もり。
この記憶は何だ?
ちょっと笑ってしまう。少し危険だと思う。いろんな風景に、彼女の笑顔や困り顔や怒った顔がスタンプされているような。毎朝通る交差点に。昔住んでいたアパートの窓に。スターバックスに。伊勢丹に。神宮球場に。大きな橋の下に。小さな駅の隅に。
そんなとこにいるはずもないのに??
いつでも探していないのに??
積み重ねられた和音が、永遠に来ないクライマックスに向かって響き続けている。
「このまま、会わないまま、一生を終えるのかもね」
なんて、誰かを経由して時間差で彼女と笑い合う。
僕たちはお互いの連絡先さえ知らない。知人に勧められても、なんとなく電話もメッセージのやり取りもしなかった。一冊ずつ本をプレゼントしあったことはある。最初のページに彼女の直筆メモが挟まれていた。
「今日こそ会えると思って、新しいピアスをつけて来たのに!笑」
その文字を書くときの彼女の表情すら、ありありと思い描くことができる。きっと僕たちは一度も会わずに、最も親密な友人の一人として、死ぬ間際にお互いを思い出す運命。素敵じゃないか? 素敵だと思うよ。