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エッセイ

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どうでもいいような、だけどあるとちょっとウレシい毎日のことです。
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#日記

2023年、日記より

2023年、日記より

2023年が終わろうとしています。お正月休みの、はじめの日に、近所のミスタードーナツに行って、一年間の日記を読み返しました。今年いちねんを思い出してみると、記憶の上では、なんだかぽっかりとしているものです。けれど、日記にしるした一日ずつには、過ぎ去っていった時間が、きちんと存在しているようでした。

日記は、ごく短いものばかりです。書かない日も、ままあります。あまりにも眠くって、面倒くさくって、書

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10月に生まれて

10月に生まれて

わたしは10月に生まれた。そしてそのことを、わりと気に入っている。10月という、あまり暑くもなく、あまり寒くもない頃合い。そこには春の芽吹く季節のように、健気な前向きさがあるわけではないし、夏の奔放さや、冬の我慢強さみたいなものもない。自然や人のはたらきがつくりだしたものを、「実りの秋だ」と言いながら、いそいそと採りに行く。ぶどう狩りにでかける。栗を拾いに行く。新米でおにぎりをつくる。ぷらぷらと紅

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なつやすみの退屈

なつやすみの退屈

読書感想文を書くことが、けっこう得意だった。けれど、決して、好きではなかった。

自由研究、工作、絵日記、と並んで、読書感想文は夏休みの宿題の中でも「大物」のひとつである。この大物にちっとも手をつけていないと、お盆を過ぎたころ、なんとなく「いやな感じ」が胸に広がってくる。ラジオ体操の出席カードに、それなりにスタンプが溜まってきたことをチラリと確認して、ようやく、原稿用紙に向かっていた。

わたしは

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イン・ザ・ホテル

イン・ザ・ホテル

ビジネスホテルを予約して、15時のチェックインから、翌日11時のチェックアウトまで、ひたすらにその一室で過ごすということをした。

京都駅の、八条口近くのホテルだった。京都の初夏は、ひどく暑かった。チェックインまでの時間つぶしとして、日傘を差しながらぷらぷらと東寺を見に行く。「京ばあむ」の紙袋を提げた修学旅行生とすれ違う。
わたしは京都からそう遠くない町に住んでいるから、京都駅に旅行感覚で訪れるこ

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夏の少年たち

夏の少年たち

うちに帰り、すぐさま長袖のシャツを脱ぎ捨てTシャツを引っ張り出した。午後7時が近づいても陽は落ちず、部屋の床にはつよい西日が溜まりに溜まっていた。キッチンに立ち、インスタントコーヒーをグラスに入れ、すこうしのお湯で溶かして、氷と牛乳をぞんざいに放り込み、つめたいカフェオレをあり合わせのやり方でつくった。梅雨の合間にあらわれる、もう真夏のような厳しい暑さの日が、今年もやってきた。

近頃の夏は、こう

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待合室にひとり

待合室にひとり

雪のちらつく夜、町の診療所へ向かった。院長先生の見立てがよいと評判で、その夜も待合室は混んでいた。「四、五十分くらいいかかりそうです」と受付の女性が言い、わたしは「大丈夫です、待ちます」と答え、マフラーも取らずに椅子に身を沈める。外はとても寒かった。

待合室には十名ほどの患者さんがいたけれど、みな黙っている。テレビは音が消されていて、NHKの地域ニュースが流れていた。音といえば、天井のスピーカー

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「ミスドスーパーラブ」に寄せて

「ミスドスーパーラブ」に寄せて

よく訪れるミスタードーナツの店舗は、大型のショッピングモールの中に最近できたところで、きれいなソファ席が並んでいます。ホットコーヒーを頼んで席に着くと、店員さんが時々「おかわりいかがですか」とやってきてくれます。ポットと、シュガーとミルクの入った小さなカゴを持ち、ていねいにそう聞いて下さるので、「天使みたいだあ」と思う。だから、図々しくも何杯もおかわりを注いで貰うわけです。

出版レーベル『トーキ

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本のある島

本のある島

冬の日、休日に出掛けた夕刻、チラチラと雪が降り始めた。辺りは暗くなりかけているしもう帰ろうかと迷いながらも、地下鉄の出入り口を通り過ぎ、そのまま近くの蔦屋書店に向かった。暗がりの中に、ぼおっと店内のオレンジのあかりが発光している。わたしは、本のある場所に行きたかった。

本屋さんをうろつくことを、「本屋パトロール」と呼んでいる。これは特に、大型の書店を見回りするときに使う表現。決して、むつかしい顔

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ものかきのきもち

ものかきのきもち

SNSのプロフィールに、未だに何を書いたらいいのか分からぬままでいます。今のところ、肩書きは一応「文筆家」としています。でもその響きはかなり「シュッと」していて、鉛筆をなめなめ、原稿用紙に向かっているような気配があるので、私は自ら名乗っておきながら、心のどこかで緊張しているようなのです。

「文章を書いたりしてるんです」
「へー、どんなのを書くの」
「小説のようなものとか」
「そしたら、芥川賞を目

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シスコさんのこと

シスコさんのこと

シスコさんの絵を見に行ってきた。
つまり、画家・塔本シスコの展覧会を観に行ったということなのだけれど、例えば「ゴッホ展に行ってきたんだけど」と言う時とはちょっと違う声色で言いたい。美術館に行った、というより、もっとずっと気取らない感じ。名前に「さん」をちゃんとつけて、「シスコさん」と呼びたい感じ。「作品」よりも、「絵」と表したい感じ。

91歳で亡くなるまで絵筆を握り続けたシスコさんが、本格的にキ

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夏の家

夏の家

近所にあるパン屋さんの袋をぶら下げて、友人の家へ向かった。友人は最近新居に引っ越したので、わたしは初めて通りがかる交差点の名前を地図と見比べながら、迷わないように迷わないように歩いた。

アパートが遠くから見えてきたとき、「あれだー」と思った。そのレトロな雰囲気のある外観が友人にぴったりだった。
だれかのウチを訪ねるというのはとてもどきどきする。これは小学生のころ、呼び鈴を鳴らして「◯◯ちゃんいま

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友人の写真展にて

友人の写真展にて

友人の写真展に行った日は、昨年の12月25日。
曇り空が広がるクリスマスでした。

「えっと、展示を観に来たのですが」
「どうぞどうぞ」
会場は京都・岡崎の「Photolabo hibi」さん。初めて訪れるお店だったので、様子を伺うようにそろそろと入り口まで近づくと、店主さんがすぐに扉をぱっと開けて招き入れて下さいました。店内は暖かく、手袋をとりました。

友人であり、写真を用いた表現活動をしてい

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映画とエッセイ|『tick, tick...Boom!』とかぼちゃのスープ

映画とエッセイ|『tick, tick...Boom!』とかぼちゃのスープ

2021年の暮れ、京都の映画館・出町座へ向かった。受付で「11時半からのチックチックブーンで」と伝えると、「チックチックブーンですね」と返ってくる。受け答えのリズムが、ちょっとかわいかった。
地下のスクリーンで観た年納めの一本は、ミュージカル『RENT レント』を生んだ作曲家、ジョナサン・ラーソンの自伝的ミュージカル『tick, tick...Boom!』。

ジョナサンは29歳。30歳になるまで

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日曜日と木曜日の美術館(2)

日曜日と木曜日の美術館(2)

こちらのエッセイの続きをかきます。

木曜日。平日の美術館は日曜日に比べて随分ひっそりとしている。それもまた良い。展示室に入った時、監視員の方を除いて友人とわたししかその場にはおらず、「貸し切りだね」とひそひそ話をした。その空間にはわたしたちの足音だけが響く。

と思えば、どこかからにぎやかな話し声が聞こえてきて、それは校外学習でやってきた小学生たちだった。低学年らしき少年と少女たちが、ぞろぞろぞ

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