ごはんとアパート

池田 泰葉/文筆家。くらしにまつわるエッセイやショートストーリー、小さなイラストをかい…

ごはんとアパート

池田 泰葉/文筆家。くらしにまつわるエッセイやショートストーリー、小さなイラストをかいています。 お仕事のご依頼・ご連絡はこちらへ。 gohan.apart@gmail.com

マガジン

  • エッセイ

    どうでもいいような、だけどあるとちょっとウレシい毎日のことです。

  • アイスとかき氷とカルピス

    ウェブショップにて販売いたします、夏のおはなし「アイス・サマー・コーヒー」の、イメージとなったおはなしです。2020年の夏「おたより企画」として、ストーリーを書いたおはがきをお届けしました。あれから3年。「アイス・サマー・コーヒー」では、このおはなしに登場する人物たちの、3年後を想像して、書きました。

  • きょうのひつじ日記(おやすみ中)

    ひつじが食べたり眠ったりする、日々のちいちゃなことをかいたイラストエッセイ。

  • ひつじと夜のスープ

    かなしい夜の過ごし方、お買い物の心得、働きかたを考えてみる。「生きづらさ」という言葉がそこかしこに見え隠れする世界の中で、ただちょこんと座りスープを用意して待っています。ひつじと一緒に、心のゆるめ方を考えましょう。

最近の記事

  • 固定された記事

マニキュアと星

切符をつまんだ自分の指先が、塗り立てのマニキュアでつるんとしている。それがうれしかった。わたしはずっと家にいるのが苦にならない人間だから、このひと夏は屋根の下でひっそり暮らしていて、すっかり夏色のマニキュアを塗り損ねた。ブルーのきらきらとか。ビタミンがつまったような黄色とか。真夜中に、ほんの少しだけピンクがかったベージュのマニキュアを塗った。これでだいじょうぶ。秋がいつ深まっても。 改札で友人を待つ時間はどきどきする。わたしは誰と待ち合わせするにも、多かれ少なかれ緊張する。

    • 2023年、日記より

      2023年が終わろうとしています。お正月休みの、はじめの日に、近所のミスタードーナツに行って、一年間の日記を読み返しました。今年いちねんを思い出してみると、記憶の上では、なんだかぽっかりとしているものです。けれど、日記にしるした一日ずつには、過ぎ去っていった時間が、きちんと存在しているようでした。 日記は、ごく短いものばかりです。書かない日も、ままあります。あまりにも眠くって、面倒くさくって、書くことをさぼって眠ってしまう。それでいて、書きしるしたことはすべて、ささやかなこ

      • ちいさな旅のこと #4宿のこと

        一日目はビジネスホテルに。二日目は、カプセルホテルに泊まった。 旅の大きなたのしみのひとつに、宿がある。部屋が広く、眺めが良く、どこもかしこも磨きあげられていて、シトラスの香りがする宿。で、なくてもよい。ひとり旅ならなおさら、せまくてふるくて使い勝手が悪くて、部屋がなんとなく薄暗い。それで、かまわない。知らない町のすみっこで、しずかに呼吸をしながら、縮こまっているような気分になる。そのほうが、妙に落ち着く。 山へ行った日。ホテルにチェックインをして、すぐにシャワーを浴び、テ

        • ちいさな旅のこと #3 本のこと

          街を歩き回りながら、ふと足を止めてしまうのは結局いつも同じ場所で、それは本屋である。軒先に並ぶ古本のワゴン。ふらふらと吸い寄せられてゆく。旅先で本を買うなんて、本来はやってはいけない。旅はいかに荷物を軽く、身軽でいられるかということが重要なのであって、本などという重くてかさばるものを増やしてどうする、とわたしの頭はちゃんと分かっている。でも、気づけば右手は、本を棚から抜き取ってレジへとせっせと運んでいる。リュックサックがどんどん重くなる。ばかみたいで、嬉しい。 細い路地や、

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        マニキュアと星

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        • エッセイ
          36本
        • アイスとかき氷とカルピス
          3本
        • きょうのひつじ日記(おやすみ中)
          33本
        • ひつじと夜のスープ
          4本

        記事

          ちいさな旅のこと #2街のこと

          ホテルで目を覚ますと、カーテンの向こうはもったりと曇っていた。今日は、午後から雨になるらしい。昨日は山へ行ったので、今日は街へ行こうと思っている。身支度を済ませて、ホテルから一番近い喫茶店へ向かった。 その喫茶は、おじいさんがひとりで営む店だった。モーニングメニューをひと通り眺めて、迷うことなく「チーズトーストセット」を頼んだ。おじいさんは「ハイ」と言ってキッチンへひょいと戻り、一斤まるごとの食パンが入っているビニル袋を取り出した。座席から手元は見えないのだけど、その動きを

          ちいさな旅のこと #2街のこと

          ちいさな旅のこと #1山のこと

          秋が来たらば、どこかへふらりと行かねばならない気がして、少しばかり旅に出ることにした。旅と言っても、そう遠くない場所だった。電車を乗り継いで二時間もあれば目的地に着いて、六甲山の麓で、ケーブルカーのチケットを買う。けれど、先ほどコインロッカーに預けたボストンバッグの中には、寝間着や、歯ブラシや、三日分の靴下や、多めに用意したポケットティッシュなどが詰まっている。これを旅と言わずに、なんと言おうか。 神戸・六甲山上で毎年行われている芸術祭『六甲ミーツ・アート』の鑑賞チケットを

          ちいさな旅のこと #1山のこと

          本屋さんをご紹介します

          本を読むのがいつにも増してはかどる季節になりました。読書の秋です。近頃、あらたに作品をお取り扱い頂く機会がありましたため、ご紹介いたします。夏の間につくった、封筒に詰めた物語、「アイス・サマー・コーヒー」。去年の秋に綴った、秋の物語たち。ショートストーリー集、「海の見えるホテルの朝食」。などなど、あります。ご紹介いたします店主さんは、オンライン、あるいは古本市などのイベントでの活動を多くされているので、みなさんのお住まいのお近くに来られましたら、ぜひぜひ足を運んでくださったら

          本屋さんをご紹介します

          10月に生まれて

          わたしは10月に生まれた。そしてそのことを、わりと気に入っている。10月という、あまり暑くもなく、あまり寒くもない頃合い。そこには春の芽吹く季節のように、健気な前向きさがあるわけではないし、夏の奔放さや、冬の我慢強さみたいなものもない。自然や人のはたらきがつくりだしたものを、「実りの秋だ」と言いながら、いそいそと採りに行く。ぶどう狩りにでかける。栗を拾いに行く。新米でおにぎりをつくる。ぷらぷらと紅葉を眺めて歩き、読書にいそしむ。どこかちゃっかりとして、「のんきなもんだなあ」と

          アイス・サマー・コーヒー/作品によせて

          秋が一気に流れ込んできた日に、夏のおはなしを書いた、おたよりの販売をはじめました。ご購入や、詳細はこちらから。 おはなしは3編。それぞれの登場人物は、みな別々の場所で生きていて、どこかで、だれかと、アイスコーヒーを飲んでいます。そしてこの3編は、3年前に書いた物語ともリンクしています。こちらから、読むことが出来ます。 以下には、おおまかなあらすじと、執筆中に浮かんだきもちを書いておこうと思います。あれから3年が経って、登場人物たちはいま、どう過ごしているでしょうか。 「

          アイス・サマー・コーヒー/作品によせて

          【過去作品】ひだまりをさがす/作品によせて

          秋のおはなし「お茶碗」と「パレット」という作品をつくりました。 - 秋を一日ずつ過ごしながら、ゆっくりとこの二つのお話を書きました。この広い世界のどこかにぽつんと存在し、そして、たまたま出会った人たちのことを。 秋のおいしさや彩りは素晴らしいものですが、一方で全てが枯れ、色をなくし、凍てつく冬へ向かう時間でもあります。 この世に生まれた私たちは、いつかは必ず、ひとり残らず、この世からいなくなってしまいます。 この国で現代を生きる私たちは、時に栗ごはんを食べ、時にゴッホの展覧

          【過去作品】ひだまりをさがす/作品によせて

          なつやすみの退屈

          読書感想文を書くことが、けっこう得意だった。けれど、決して、好きではなかった。 自由研究、工作、絵日記、と並んで、読書感想文は夏休みの宿題の中でも「大物」のひとつである。この大物にちっとも手をつけていないと、お盆を過ぎたころ、なんとなく「いやな感じ」が胸に広がってくる。ラジオ体操の出席カードに、それなりにスタンプが溜まってきたことをチラリと確認して、ようやく、原稿用紙に向かっていた。 わたしは本が好きだったし、読書が好きだったし、国語の授業も好きだったけれども、どうにも、

          なつやすみの退屈

          イン・ザ・ホテル

          ビジネスホテルを予約して、15時のチェックインから、翌日11時のチェックアウトまで、ひたすらにその一室で過ごすということをした。 京都駅の、八条口近くのホテルだった。京都の初夏は、ひどく暑かった。チェックインまでの時間つぶしとして、日傘を差しながらぷらぷらと東寺を見に行く。「京ばあむ」の紙袋を提げた修学旅行生とすれ違う。 わたしは京都からそう遠くない町に住んでいるから、京都駅に旅行感覚で訪れることはないのだけれど、今日は違った。わたしはこれからホテルに行くのだから、旅人も同

          イン・ザ・ホテル

          縁側のカルピス

           午後、ぱらぱらぱらとヘリコプターかなにか、空を飛ぶモノの音がして目が覚めた。縁側に置いたグラスには、カルピスが半分残っている。  お姉ちゃんは今朝、いそいそとデートに出かけていった。これはわたしの予想、お姉ちゃんは今、ちょっと悪い男の人と付き合っているみたい。お風呂場で時々、泣いている声がするから。わたしにはそうまでして、緑の小さな石がついた貝殻のイヤリングをつけて、会いに行きたい人はいない。  飼い猫が、足元にまとわりついてきた。寝転んだまま抱き上げて、胸の上にのせる。

          縁側のカルピス

          海辺のかき氷

           かき氷を食べるために、海の家に行った。ようこちゃんはボクの親戚のお姉ちゃんで、毎年夏になるとここでアルバイトをしている。 「今日もイチゴでよかった?」 「ん、よかった」 「おいしい?」 「ん」  ようこちゃんが、シロップをちょっと多めにかけてくれることを ボクは知ってる。テンチョーさんにバレないよう、ちょっとだけ。 「夏休みもあと少しだねえ、楽しかった?」 「ん……。でも、宿題いっぱいあったし、忙しいんだ、ぼく。塾も行かなきゃいけないし」 「そうかあ。わたしが小学生の時は

          窓際のアイスキャンデー

           購買にはソーダのアイスキャンデーが売ってる。味が薄く水っぽくてあまり人気はないのだけど、みんな時々うっかりして買ってしまう。でも、それは夏の制服にはなんていうか、ぴったりだった。うっかり買われながらも、屋上で、西階段で、中庭で、どこで食べてもきらきらした、うすいブルーだから。  ヨシノ君は陸上部の期待の星で、大会に向けて猛練習していたけど、右足を痛めて足首に包帯を巻いてる。  この前の金曜日、ヨシノ君がアイスキャンデーを食べてるのを初めて見た。窓際の自席で「みんなおいしく

          窓際のアイスキャンデー

          夏の少年たち

          うちに帰り、すぐさま長袖のシャツを脱ぎ捨てTシャツを引っ張り出した。午後7時が近づいても陽は落ちず、部屋の床にはつよい西日が溜まりに溜まっていた。キッチンに立ち、インスタントコーヒーをグラスに入れ、すこうしのお湯で溶かして、氷と牛乳をぞんざいに放り込み、つめたいカフェオレをあり合わせのやり方でつくった。梅雨の合間にあらわれる、もう真夏のような厳しい暑さの日が、今年もやってきた。 近頃の夏は、こうもやたらめったら暑くちゃどうしようもないよ、とめげそうになるくらいの暑さである。