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縁側のカルピス

 午後、ぱらぱらぱらとヘリコプターかなにか、空を飛ぶモノの音がして目が覚めた。縁側に置いたグラスには、カルピスが半分残っている。
 お姉ちゃんは今朝、いそいそとデートに出かけていった。これはわたしの予想、お姉ちゃんは今、ちょっと悪い男の人と付き合っているみたい。お風呂場で時々、泣いている声がするから。わたしにはそうまでして、緑の小さな石がついた貝殻のイヤリングをつけて、会いに行きたい人はいない。
 飼い猫が、足元にまとわりついてきた。寝転んだまま抱き上げて、胸の上にのせる。
「ごろごろしながら、カルピスを飲んでいたいよね。恋をしても」
 猫は返事をせずに、ふてぶてしく庭の方を見ていた。

 わたしがカルピスを初めて飲んだのは、よその家でだった。
 近所の男の子の家、「フランダースの犬」の再放送を二人で見ながら、つくってもらったカルピスを飲んだ。甘く、すっぱく、夢中になった。男の子は隣でカルピスを飲み干した後、大きく息をふうっと吐いた。思えば、あれがわたしのはつ恋だったように思う。

「お姉ちゃんは今日何を飲むのかしらね。つんとミントの味がしたり、外国の海みたいな色の、お酒を飲んだりするのかな。暗がりの、ジャジーな音楽がかかっているところで」
 氷が溶け、薄まったカルピスを飲んだ。
「やらしいよねえ」
 猫の鼻先に二度、キスをする。猫は目をつぶり、尻尾をひょっと動かした。わたしはいつまでも、こどものうなじのにおいのような、カルピスが好き。
 今からもう一眠りする。夏が過ぎゆく縁側にて。


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