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この女、みたび台湾にて
楽しくてさ、
やっぱり楽しくて、
自分に言い聞かせるわけではないけど、
楽しくて、
でもみんなが私の思い出になるのは
やっぱり早過ぎるよ
日本に来てくれて本当に嬉しかったけど、
空港で映るみんなの写真を見たときに、
やっぱり私はもうみんなの思い出に
過ぎないんだなあって寂しくなったよ
もし今この電話が鳴れば、わたしは
予約したホテルなんて、今日の予定なんて、
ぜんぶほうり投げて
今すぐにでも
街道をゆく〜松壽路〜
音と光の最中に見る逢瀬は言葉を用いない。それは私の衝動に徹底的に対峙する様相を呈し、空間として確かに佇んでいる。その一瞬間を永遠に保とうとする愚行に人は人を見出す。
2023年7年15日の話である。
盛り場が持つ特有のぎこちなさに水を差された男たちはまず林森北路に向かう。仕切り直すにはもう遅すぎるぐらいだが、まるで同志との再開を思わす旦那方との出会いは一気にその風向きを変えたようだった。
彼ら
街道をゆく〜祖国のあらまし〜
未来のことを書いている。
畢竟これは敗色が既に色濃い遁走の顛末と言うべきであろうか。
口紅の跡に苦しんだ男を照らした光は一瞬間のうちにまるでこの国の天気のように気色を変えたようだった。(無論主観であるが、長くこれに苦しんでいるのである)
しかし何の因果か、はたまたそのさまを哀れんだのか、婉曲がまた姿を表した。だがこれも続かない。
いよいよ無神論者が滑稽に神に誓ったそれは悔し紛れに飲み込まれ、
街頭をゆく〜梧州街〜
2023年7月7日の話である。
照りつける日差しが否応無しにこの国で過ごした時間の残酷さを突き付ける。これまで幾度と無くそれを浴びせかけてきた太陽が、いつもと違う調子のようだ。
幸いこの一年でこの国のことを深く好きになった。尊大だと言われようとも外国人である私は旅行者とは違う視点を以ってぼんやりとこの国を見つめている。私がここにいる理由を説明するには充分過ぎるらしい。
だからこそあまりにも時間
街道をゆく〜雙城街12巷〜
私の恋は常に一目惚れである。それがうまく行ったことはない。
恋の語源は「名を乞う」というのは今では誤りとされているが、そうであったとしても、これを好きにならずにはいられない。
彼女のことは三年を経とうとする今でも覚えている。当時流行りのFILAの靴を履き、さっぱりとした台湾人らしい格好をしていた。瑞々しい黒髪と背丈は滑らかな線を描き、特有の童顔は「地瓜球」というさつまいもの菓子が揚げられるさま
街道をゆく〜いざ台湾〜
「いつまでも紙粘土でつくったドラえもんを見せびらかしている」
女から漏れ出た愚痴の一節である。もう七年ほど前の話になるであろうが、これほど独特な愚痴を聞いたことはない。そんな記憶がふと蘇ったのは、暇を持て余し、ぼうっとテレビを眺めていたときのことである。
「哆啦A夢」と書く。「青狸」のような形容ではなく当て字である。いよいよ私は外国人になったらしい。
2022年5月26日の話である。桃園機場に
街道をゆく〜すすきの〜
2022年4月23日の話である。
すすきのにいる。
寝起きは悪くない。昨日は深酒ではなかったらしい。今日…から明日にかけて…はそれをしてよいことは、誰も言葉にすることはなく同意が形成されている。長年酒を飲んでいる仲間とはそんなものである。
海鮮丼をつまみに飲む。私たちも店もまだまだこれかららしい。
酒というものは時間の経過を早くする。無論、一秒が一秒であることは絶対的なことであるのだが、感覚
街道をゆく〜ロサンゼルス・アナハイム〜
2022年4月7日の話である。
ロサンゼルスにいる。無粋ではあるが8日かもしれない。
常々時機は窺い続けていたが、今ここにいる。
決意は僅か5日程前である。国内を転々とする予定だったこともそうだが、何より情勢に少なからず…寧ろ大きな…不安を抱えていたからだ。しかし、仕事を一度締めてからは益々時間の経過が早く感じることを自覚していたため、ここしかないと思い至ったわけである。
御時世と無縁であり
街道をゆく〜京都・大阪〜
2022年4月3日の話である。
京都にいる。
清水寺の夜間特別参拝が明日までだと知り、急ぎ宿を手配したのが昨日のことである。後述の理由で大阪に滞在する予定であったが、その前にこの街に寄ることにしたわけだ。しかし、今さら先人たちを差し置いて歴史を紐解くわけにはいかないだろう。見て感じたものだけを記すことにする。
宿への道中である。運ちゃんと呼ぶにふさわしい。何気なく通りの名をつらつらと読み上げ
街道をゆく〜豊橋・名古屋~
これはご時世といったものとは無縁である。読者というものを想像していないからである。
文体一つとっても、統一できるか分からない。今後、ですます体や絵文字が出てくるかもしれない。
触れなければならないことがある。標題である。
無論、司馬遼太郎さんの影響だ。彼が司馬遷に遥かに及ばない…つまり…太郎なのであれば、私は司馬遼太郎"遼太郎"といったところであろうか。
これはそんな"遼太郎"が主に旅先で見た