二年間外国人になる男

しばらく台湾行ってきます。

二年間外国人になる男

しばらく台湾行ってきます。

最近の記事

この女、みたび台湾にて

楽しくてさ、 やっぱり楽しくて、 自分に言い聞かせるわけではないけど、 楽しくて、 でもみんなが私の思い出になるのは やっぱり早過ぎるよ 日本に来てくれて本当に嬉しかったけど、 空港で映るみんなの写真を見たときに、 やっぱり私はもうみんなの思い出に 過ぎないんだなあって寂しくなったよ もし今この電話が鳴れば、わたしは 予約したホテルなんて、今日の予定なんて、 ぜんぶほうり投げて 今すぐにでも日本に戻ったって良いんだよ でもさ、やっぱりそんなことはなくてさ、 暖かい風が

    • この男、再び台湾にて

      いつもは堪能しているこの景色も、ひどいもんで今日はひとつも覚えちゃいないんだ アクセルばっかり吹かしてるんだけど、この古びたバイクだけが前に進みやがる 真新しいアスファルトの香りでふと我に返るが、不思議と俺を抜かすバイクの音なんか気になりゃしないんだ あれだけ一人が好きだったじゃないかって、 今はそんなこと聞かないでくれよ この国の太陽は今日も心地良いけど、やっぱり何か意味を持っている気がして仕方がないんだ その真っ青な快晴をもって、俺を説き伏せようっていったって、

      • この女、再び台湾にて

        やっとフォルモサに戻ってきたのにさ、 やっぱりわたしはまた一人ぼっちみたい あのときはみんなが空港まで見送りに来てくれてさ、 また会おうねって言ってくれたのに、 わたしがその言葉に期待しすぎただけなのかな 今もみんなが会いたいって言ってくれるけど、 いつになったら本当に会えるのかな みんなにはみんなの人生があって、 そこにわたしがいないのはやっぱり寂しいけど、 わたしの目の前にも、みんなと同じような人生があって、 一人ぼっちでも目の前の原風景は、わたしが望んで見に来た

        • この男、台湾にて

          フォルモサに夢破れ (いや、まだ分からんだろう!) 少し幼くなってしまった 手が届くことを夢見るが 時間がいつも俺のことを追いかける 好きになったものは嫌いになれず 嫌いになっても好きになれる 時間が解決してくれることは 薄れゆく爛漫な笑顔に教わった ならばいっそ時間に追いつかれてしまえば 良いのではないか お前ってやつは どうしていつもそう言うんだ 俺はやっぱりこのくにが、 フォルモサだってことを知っているんだよ だから、もう少しだけ この国でゆっくりしようと

        この女、みたび台湾にて

          この女、台湾にて

          わたしだってちょっとは頑固なところ、 あるんだよ それはさ、この半年で分かったでしょ あっという間の半年はわたしにとって 掛け替えのない時間で、 だからこそ儚いとか、そういうことじゃなくてさ、 出会ったみんなはとても優しくて、 毎日みんなと会うのがすごく楽しみだったんだよ でもさ、もしかしたらさ、 もう会わないかもしれなくてさ、 それぞれ自分の生活があってさ、 いつかみんなの思い出からわたしがいなくなっちゃうかと思うと、すごく寂しくて、 また一人ぼっちかと思うと、

          短歌過去作①

          日の目を見ぬものをここに置く。 原文が手元にないため思い出せたものから置くことにする。 母孕み 残した香りも 掻き出され 煙草の煙と 共に消えゆく 国会の デモを横目に 燻らせる 葉巻の煙は 我の思想か 逢坂の 混じりし町の 目配せと 遥か冬雲 近くて遠し 花売の 老婆の声に 耳澄まし 香り交じりて 我は揺蕩う 西来れば 引き寄せられし 町並みの 光る桃色 花は美くし 艶めかしい 光に照らされ 艶姿 何も言わずに 微笑む簪 長者町 五丁目くぐり 若葉町 あるはず

          街道をゆく〜松壽路〜

          音と光の最中に見る逢瀬は言葉を用いない。それは私の衝動に徹底的に対峙する様相を呈し、空間として確かに佇んでいる。その一瞬間を永遠に保とうとする愚行に人は人を見出す。 2023年7年15日の話である。 盛り場が持つ特有のぎこちなさに水を差された男たちはまず林森北路に向かう。仕切り直すにはもう遅すぎるぐらいだが、まるで同志との再開を思わす旦那方との出会いは一気にその風向きを変えたようだった。 彼らは香港に商社と金融の仕事を持ち、目立たない身なりとは裏腹に相当に余裕があるらしい

          街道をゆく〜松壽路〜

          街道をゆく〜祖国のあらまし〜

          未来のことを書いている。 畢竟これは敗色が既に色濃い遁走の顛末と言うべきであろうか。  口紅の跡に苦しんだ男を照らした光は一瞬間のうちにまるでこの国の天気のように気色を変えたようだった。(無論主観であるが、長くこれに苦しんでいるのである) しかし何の因果か、はたまたそのさまを哀れんだのか、婉曲がまた姿を表した。だがこれも続かない。 いよいよ無神論者が滑稽に神に誓ったそれは悔し紛れに飲み込まれ、見事にその踵を翻した。 懲りずに前を向くが、道は一つではなく幾つもに枝分かれ答え

          街道をゆく〜祖国のあらまし〜

          街道をゆく〜台南〜

          帰属意識の根拠である言葉が拠り所を失くす最中、耳心地の良いそれは、未だに私からはうまく出てこない。 さて台南。私の原体験はここにある。幼少期の体験でなくとも、私を織り成す要素の一つであれば、それはいつだって原体験である。 2013年の話である。この年から明確に自分自身の人生を司る感覚を覚えたのである。それからというものブルースは独立を保ち、時折ハレルヤに耳を傾けながらも決して同ぜず、私の人生を薄暗く彩ってきた。時の流れはここから加速した。その叙情詩の冒頭を飾るのがこの場所

          街道をゆく〜台南〜

          街頭をゆく〜梧州街〜

          2023年7月7日の話である。 照りつける日差しが否応無しにこの国で過ごした時間の残酷さを突き付ける。これまで幾度と無くそれを浴びせかけてきた太陽が、いつもと違う調子のようだ。 幸いこの一年でこの国のことを深く好きになった。尊大だと言われようとも外国人である私は旅行者とは違う視点を以ってぼんやりとこの国を見つめている。私がここにいる理由を説明するには充分過ぎるらしい。 だからこそあまりにも時間が無さすぎる。過去を振り返ることの無意味さだけは知っているはずだが、それでもこの

          街頭をゆく〜梧州街〜

          街道をゆく〜雙城街12巷〜

          私の恋は常に一目惚れである。それがうまく行ったことはない。 恋の語源は「名を乞う」というのは今では誤りとされているが、そうであったとしても、これを好きにならずにはいられない。 彼女のことは三年を経とうとする今でも覚えている。当時流行りのFILAの靴を履き、さっぱりとした台湾人らしい格好をしていた。瑞々しい黒髪と背丈は滑らかな線を描き、特有の童顔は「地瓜球」というさつまいもの菓子が揚げられるさまを見つめている。腕には小さなタトゥーが刻まれている。彼女には私を強烈に惹きつける

          街道をゆく〜雙城街12巷〜

          街道をゆく〜いざ台湾〜

          「いつまでも紙粘土でつくったドラえもんを見せびらかしている」 女から漏れ出た愚痴の一節である。もう七年ほど前の話になるであろうが、これほど独特な愚痴を聞いたことはない。そんな記憶がふと蘇ったのは、暇を持て余し、ぼうっとテレビを眺めていたときのことである。 「哆啦A夢」と書く。「青狸」のような形容ではなく当て字である。いよいよ私は外国人になったらしい。 2022年5月26日の話である。桃園機場に降り立った。 防護服に身を包み私の名前が書かれている札を掲げている。彼が煩雑な手

          街道をゆく〜いざ台湾〜

          街道をゆく〜すすきの〜

          2022年4月23日の話である。 すすきのにいる。 寝起きは悪くない。昨日は深酒ではなかったらしい。今日…から明日にかけて…はそれをしてよいことは、誰も言葉にすることはなく同意が形成されている。長年酒を飲んでいる仲間とはそんなものである。 海鮮丼をつまみに飲む。私たちも店もまだまだこれかららしい。 酒というものは時間の経過を早くする。無論、一秒が一秒であることは絶対的なことであるのだが、感覚がそうである以上、それを否定することはできない。 すっかり雪の様子が見えなくな

          街道をゆく〜すすきの〜

          街道をゆく〜ロサンゼルス・アナハイム〜

          2022年4月7日の話である。 ロサンゼルスにいる。無粋ではあるが8日かもしれない。 常々時機は窺い続けていたが、今ここにいる。 決意は僅か5日程前である。国内を転々とする予定だったこともそうだが、何より情勢に少なからず…寧ろ大きな…不安を抱えていたからだ。しかし、仕事を一度締めてからは益々時間の経過が早く感じることを自覚していたため、ここしかないと思い至ったわけである。 御時世と無縁でありたくても、社会の枠組みのなかで生きていく限り、それは避けられない。思い立ったが吉

          街道をゆく〜ロサンゼルス・アナハイム〜

          街道をゆく〜京都・大阪〜

          2022年4月3日の話である。 京都にいる。  清水寺の夜間特別参拝が明日までだと知り、急ぎ宿を手配したのが昨日のことである。後述の理由で大阪に滞在する予定であったが、その前にこの街に寄ることにしたわけだ。しかし、今さら先人たちを差し置いて歴史を紐解くわけにはいかないだろう。見て感じたものだけを記すことにする。 宿への道中である。運ちゃんと呼ぶにふさわしい。何気なく通りの名をつらつらと読み上げるのだが、声にこの町の人間らしい魅力がある。釜座通、西洞院通、小川通、油小路通…

          街道をゆく〜京都・大阪〜

          街道をゆく〜豊橋・名古屋~

          これはご時世といったものとは無縁である。読者というものを想像していないからである。 文体一つとっても、統一できるか分からない。今後、ですます体や絵文字が出てくるかもしれない。 触れなければならないことがある。標題である。 無論、司馬遼太郎さんの影響だ。彼が司馬遷に遥かに及ばない…つまり…太郎なのであれば、私は司馬遼太郎"遼太郎"といったところであろうか。 これはそんな"遼太郎"が主に旅先で見たものを記録することが目的である。先述の理由から纏まった自己紹介などはしないが、事

          街道をゆく〜豊橋・名古屋~