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街道をゆく〜雙城街12巷〜

私の恋は常に一目惚れである。それがうまく行ったことはない。

恋の語源は「名を乞う」というのは今では誤りとされているが、そうであったとしても、これを好きにならずにはいられない。

彼女のことは三年を経とうとする今でも覚えている。当時流行りのFILAの靴を履き、さっぱりとした台湾人らしい格好をしていた。瑞々しい黒髪と背丈は滑らかな線を描き、特有の童顔は「地瓜球」というさつまいもの菓子が揚げられるさまを見つめている。腕には小さなタトゥーが刻まれている。彼女には私を強烈に惹きつける何かがあるらしい。

用を済ませたであろう彼女に自然と目が向く。彼女の視線においては風景に過ぎない男は、なんとか数歩後を追うも、立ちはだかる壁の大きさに足が竦みあえなく踵を返した。この男の哀れな衝動を誰が理解してくれようか。

名を乞うことすらできなかった男が、今またここにいる。雙城街である。

あいにく今日はお目当ての屋台の姿が見えなかった。しかし美食大国、空腹を満たすには充分である。しかしこの男、呑気な咀嚼音を刻みながら、僅かに彼女のことを意識しているあたり、まったくもって救えない。もう出会うことはないということは分かっているが、その世界は誰も踏み込むことができない領域なのである。そんなことを考えながら、台湾ビールを片手に、密かに思い出を噛み締め、ここに来ることが日常となった喜びに浸っていた。

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