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街道をゆく〜すすきの〜

2022年4月23日の話である。
すすきのにいる。

寝起きは悪くない。昨日は深酒ではなかったらしい。今日…から明日にかけて…はそれをしてよいことは、誰も言葉にすることはなく同意が形成されている。長年酒を飲んでいる仲間とはそんなものである。

海鮮丼をつまみに飲む。私たちも店もまだまだこれかららしい。

酒というものは時間の経過を早くする。無論、一秒が一秒であることは絶対的なことであるのだが、感覚がそうである以上、それを否定することはできない。

すっかり雪の様子が見えなくなり、どこか知らない場所に来たような錯覚を覚えるが、暮れなずむ日の駆け引きを嘲笑うかのごとく、ウヰスキーを持った老夫は派手に彩られながら、こちらを真っ直ぐ見つめている。私たちが求めていた場所で間違いないようだ。

ここでは羊肉を食べないわけにはいかない。店に着いた男たちはどこか緩んだ情けない顔をしている。女と卓を囲むからである。

時間通りに来た女は一人だけである。しかし、女の遅刻を咎める男がどこにいるのだろうか。

美味そうな羊肉が卓に並ぶ。男たちはこぞってそれを焼き始める。舌鼓を打つことよりも打たせることに必死な男の性を誰が理解してくれようか!

私たちが羊肉を味わう間もなく席の時間になってしまった。女たちを先に行かせる。ゆったりと会計を済まし、余韻に浸ることなく店を出る。

南五条西はひどく細長いことを初めて知る。私たちのゆく手を塞ぐかの如く横たわっている。しかし私たちには同意がある。銀座通りでまた合流した。

雑居ビルに先導される。女と手を繋ぐ。大人びた横顔に一瞬惑わされたが、気を取り直す。

小さなエレベーターに乗り込むと男たちはすし詰めの幸せを感じていた。今夜は酷いことになるというのは私の直感である。

広めのソファーにゆったり腰をかけながら、各々好きなように酒を飲んでいる。目の据わった男は青春を取り戻すかのごとく酒を一気に煽っている。私に大声で何かを言っているようだが、女たちは生暖かい目でそれを見守っている。

もうひとりの男は酒に滅法強い。隣の女と杯を傾け二人だけの世界をじっくりと確かめているらしい。女なくして彼の幸せはないのである。

さて私。好きだが強くない。隣の女もそれを分かっているから必要以上にその話はしない。ただ二人で御時世に抗うことにした。

まだ私たちは女たちといる。我々ながら飽きないものだ。ここまで来るといよいよ直感が当たるような気がしてくる。

男は青春を取り戻しすぎたらしい。挙動が怪しい。意味不明なことを言っている。間もなく一人でホテルに戻ってしまった。

2時間の後である。目の据わった男が戻ってきた。瞬きもせず一直線に我々に向かってくるその姿には、ある種の凄味が見え隠れしていた。

仕切り直すには疲れすぎている。しかし今夜が最後であることを知っていながら、無理をしない男たちはいない。仕上げに雑な飲み方はお似合いである。特殊な形をした瓶に注がれた緑と金がいやに輝く。これを飲み干せばよいのである。

その後私は酒はそこそこに”餌やり”を楽しんだ。もみれ毛から覗く血色の良い頬が咀嚼の妙と言ったところであろうか。

一足先に限界が来たようである。男たちを残してここを後にすることにした。

女が見送る。時機を狙っているような笑みを浮かべている。両手を広げ、膝を屈める。それだけで充分であった。凛とした横顔からは想像できない童顔を緩ませ、幼子が親に飛びつくかのように、御時世に抗う距離感が作られた。

ガヤを待ちかねたかのように頬への感触を感じると、暫しの上目遣いは、行き先を確信しているようだった。幼子は一転、女としての自覚を持ち、私はその一瞬を堪能させられた。

冴えた目をこすりながら帰路につく。またこうして旅が終わる。

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