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愛がなくちゃね

前回はこちら。

愛が支配している世界。
 
三人家族。

朝の食卓。
 
「………」 「………」
「?……」
 
カチャカチャ
 
パクパク
 
「………」 「………」
「……?」
 
パクパクパクパク
 
ガチャガチャ
 
「………」 「………」
 
なに?
 夫婦喧嘩?

 
「………」
「………」
 
「何があったか知らないけど、
 仲直りしなよ」
 
「………」
「………」
 
「パパ、何があったの?」
 
「だってママが…」
「ママがどうしたの?」
 
ママが…
 パパのとっておきのビール…
 飲んじゃったから…

「はあ?
 そんなこと?!」
 
「そんなことじゃない!
 パパは昨日…
 そのビールを飲むのを楽しみに、
 上司の嫌味に耐えながらも、
 1時間残業で帰ってきたんだ。
 
 必死な思いで帰ってきて、
 冷蔵庫開けたら…ビールがない!
 
 怒るのは当然だろ!?
「ちょっと、何よ!
 ビール1本でムスッとして!
 
 じゃあ、言わせてもらいますけどね…
 
 私だってリーダーに、
 月末仕事押し付けられたけど、
 何とか定時まで終わらせて…
 
 急いで買い物して帰ってきて、
 晩ご飯の準備したのよ!
 
 疲れた上にムシャクシャしてたけど、
 頑張ったんだからね!
 
 私は日ごろ飲まないんだから、
 1本ぐらい飲んでもいいじゃない!!」
 
「あれは、ほんと特別なヤツなの!
 自分が本当に…
 頑張った時のため取って置いた、
 大事大事なビールなの!」
「そんなの知らないわよ!
 だったらそう書いといてよ!
 
「そんなのいちいちビールに、
 書いてられないよ!」
「じゃあ、私の目につかないところに、
 冷やしておいてよ!」
 
「まあまあまあまあ。
 2人ともそのくらいにしときなよ。
 パパママ、もう会社行く時間だよ
 
「え?!
 ほんとだ!
 出かけないと!」
「私も行かなきゃ!」
 
私は今日、代休だから。
 2人とも気をつけてね

 
「そうか…
 じゃあ、行ってくる」
「パパ、いってらっしゃい」
 
「ここ戸締まり、よろしくね」
「ママ、いってらっしゃい」
 
バタン!
 
玄関前で立ち尽くす夫。
 
「ちょっと…
 何してるの?
 さっさと車出して。
 遅れちゃうじゃない?

動かない…
 反応しないんだ

 
「ああ~
 じゃあ、どうすんの?
 タクシーでも呼ぶ?
 でも、枯渇こかつしてるなら、
 何してもダメじゃない?」
「………
 歩く
 
「歩く?
 会社まで?
 それじゃあ、間に合わないでしょ?」
仕方ないよ。
 こんな気持ちじゃあ…

 
「そうね…。
 じゃあ…
 私も歩くしかないってことね
「君は…
 そうか…お互い様か…
 がなければ…
 無乗車は乗車拒否されるし…
 これしかないのか

 
2人は距離を取りながら、
トボトボと歩き出す。
 
「………」
「………」
 
スマホを取り出す夫。
 
「すいません、井上です。
 
 ちょっと車のトラブルで、
 1時間ほど遅れます。
 
 はい……はい……
 
 それは、大丈夫です。
 事故とかではないので。
 
 はい……はい……
 
 では、よろしくお願いします」
 
それを見ていた妻もスマホで連絡。
 
「すいません、井上です。
 
 今日は急な所用で、
 1時間ほど遅れます。
 
 はい……はい……
 
 それは昨日のうちに、
 部長にメールで送ってますので。
 
 はい……はい……大丈夫です。
 
 よろしくお願いします」
 
無言で歩き続ける2人。
 
「………」
「………」
 
「あのさぁ……」
「…………なあに?」
 
「昨日なんだけど……」
「……………うん」
 
「会社で……
 係長に言われたんだ……」
「…………なにを?」
 
僕の仕事の効率が上がらないのは、
 家庭に問題があるんじゃないか…って

「………」
 
「何かさ…
 係長の家では奥さんが、
 サポートしてくれるんだって。
 
 食事と健康の管理とか、
 仕事のアドバイスもしてくれるらしい。
 
 週末は係長の気分を盛り上げてくれて、
 疲れない休日の過ごし方を、
 考えてくれるとか…」
「………」
 
でもそんなの、
 その家それぞれであって、
 人に言われることじゃないよね!
 
 係長はいかにも…
 君が悪いみたいな言い方をして、
 さすがの僕も頭に血がのぼって!
 
 自分のことなら何言われてもいいよ!
 それは自分が至らないからだろうし!
 
 それを…
 
 家族が仕事の足を引っ張ってるなんて、
 こじつけもいいところだろ!
 
 何とか気持ちを抑えて、
 仕事終わらして退社したけど…
 
 どうにも腹の虫おさまらなくて…
 
 そこで思い出したのが、
 あの冷蔵庫のビール
 
 あれを飲んで全部忘れようって…。
 
 でも帰ったら君が飲んでしまってて…
 何か係長に言われたことと重なって…
 頭が混乱して……
 
 ごめん。
 
 よく考えたら君は何も悪くないし、
 喧嘩することじゃなかった

「………」
 
「そもそも僕は…
 家族を侮辱されたのに、
 係長に言い返さなかった自分に、
 腹を立ててたんだと思う…。
 
 それにあのビールは…
 君が買ってきてくれたものだし。
 
 僕がいつも飲むから、
 僕のものって思ってただけで、
 君にも飲む権利はあるわけだから…。
 
 本当にごめん。
 
 あんなこと言わせないように、
 仕事頑張るよ」
「もういいよ。
 
 私も悪かったもの…。
 
 ひと言あなたに、
 連絡でも入れればよかったのよ。
 
 ビールもらうね…って。
 
 でもあの日…
 私もリーダーと色々あったの…。
 
 締め切り間に合わなさそうな子がいてね。
 
 なのにリーダーは…
 自分の割当終わってるからって、
 知らんふりしてたの。
 
 私、言ったの…
 手伝ってもらえませんか?って。
 
 そしたら…
 あなた同期なんだから、
 あなたが手伝えばいいでしょ?って。
 
 それだけなら、
 まあいつものことだな…と思ったの…。
 
 そしたらボソッと、
 別にあんた達がいなくても会社は回る…
 
 そう言ったの…そしてさらに…
 
 あなたが働いてるのは、
 旦那さんの稼ぎが悪いからでしょ…
 大変ねぇ~
…って。
 
 言い方、ひどくない?!
 そこまで言わなくてもいいよね!?
 
 共働きは2人で相談して、
 将来のために決めたことなのに…
 
 何にも知らない他人が、
 ズケズケとひとんち上がり込んで、
 土足で踏み荒らすようなこと、
 言ってきたから私、頭にきて!
 
 だから家に着いて冷蔵庫開けたら…
 無性にビールが飲みたくなったの。
 
 勝手に飲んで…ごめん。
 
 でも私たち…頑張ってるよね?
 うちらなりに。
 
 あなただって……」
 
「もう大丈夫だよ。
 
 結局、2人とも家族を悪く言われて、
 イライラしてたのに…
 
 それをお互いにぶつけてしまったんだね

「そうだね…ごめんなさい」
 
「いいんだよ。
 理由が分かれば。
 ビールなんて、
 また買えばいいだけだし」
そうだ!
 今日はビール買って帰ろう!
 私、ビールに合うもの作るから!

 
「それはいいよ」
「え?!
 どうして?」
 
今日は外食しよう。
 外で飲もうよ。
 僕が出すから

「いいの?」
 
何か…
 家族で飲みたい気分なんだ

「………うん」
 
2人の少し後方に停車中の車。
 
「なんだあ~。
 があるから心配して来たのに…。
 
 何かいい感じだし…
 あの様子だと大丈夫かな?
 
 じゃあ、私は…
 ビールでも買って帰ろう」
 
2人は同時に手を差し出し、
固く握ると…また歩き出した。
 
軽やかな足取りで。
 

このお話はフィクションです。
実在の人物・団体・商品とは一切関係ありません。 

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二月小雨
お疲れ様でした。