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『僕が愛したすべての君へ』『君を愛したひとりの僕へ』感想(総論)
先日ようやくアニメ映画『僕が愛したすべての君へ』と『君を愛したひとりの僕へ』を配信で視聴して、いたく感動しました。またそれがきっかけで乙野四文字さんの原作小説(栞のスピンオフである『僕が君の名前を呼ぶから』を含む)を読み、ものすごくしみじみと感じ入ることに。
なので私には珍しいことに作品の総論的な感想を書きたくなったので書きます。また更に珍しいことに、今作は自分にとって、ひとまず他者の意見や考察
『アリスとテレスのまぼろし工場』感想その4 「六罪(むつみ)」
佐上睦実について、今回は2つわけたうちの後半。彼女の罪悪感と贖罪感情についてを主に書きます。
(なお、小説版と重複する箇所もあれば異なる箇所もあるですが、今回はあくまで映画の感想として述べます。台詞も映画と小説版が違っている場合は、映画に準拠しました。)
※前回は彼女が自分を「嘘ばかりの狼少女」と言っていたことについて、現実世界との兼ね合いを彼女がどう感じていたかの推察を書いてます。
☆ 「近
『アリスとテレスのまぼろし工場』感想その3 「狼少女」
囚われの少女を紹介された正宗は、彼女が何に見えるかと睦実に問われ、狼のようだと答える。すると睦実は正宗に言った。
なぜ彼女は、そのように自虐的に言ったのでしょうか。今回は佐上睦実について書きます。ところが彼女について書くと長くなり、ひとつの記事にするのが適切ではないため、2回に分けます。今回はその前半。
睦実の自称「嘘ばかりの狼少女」から感想を述べることとします。
☆狼少女
正宗の言う“狼少
『アリスとテレスのまぼろし工場』感想その2 「園部裕子の消滅」
物語の世界観を構成する神話要素ばかり書いて来ましたが、それは小休止して、登場人物について書いてみようと思います。
実はその部分、観て聴いて感じたものをそのままにしておきたいとか、下手にまとめて言語化するとそれが壊れるのが嫌だったというのが大きかったので…。
とは言いつつX等で、都度都度の話題で書き散らかしたものの文量もそこそこ溜まって来たので、それを整理しながら少しずつまとめてもいいかなと感じ始
『アリスとテレスのまぼろし工場』考察その4 「神さり山」
前回の記事を受けて「見伏神社の秘神はヤマタノヲロチではないか?」という線で考えた記事になります。
別にヤマタノヲロチにこだわる必要もないのですが、もしそうだとしたら色々としっくりくるなぁと個人的には感じたもので。
・神さる
神主・佐上衛の語るには、上坐利山(かんざりやま)そのものが御神体だと言う。このような山を“神体山(しんたいさん)”と言う。
この「かんざりやま」は「上坐利山」という表記です
『アリスとテレスのまぼろし工場』考察その2 「蓬莱」
今作を鑑賞した人たちの中には、次のような疑問を持つ人が少なからずいます。
「そもそも佐上衛のあんな話を、はいそうですかと住民が納得してるのも変な話」
「真相に気づくまで大人はどういう風に絶望を忘れようとしていたのか」
今回はまず先にこれについて試みに述べて、その延長として世界観への私見を書いてみます。
・認識阻害?
幻影の住民たちが何らかの“認識阻害”を掛けられていて、ある種の“認知バイアス”
『アリスとテレスのまぼろし工場』考察その1 「常世」
・見伏の神が願ったもの
この映画には演出上の意図的な大きなミスリあると思います。見伏の神の神罰だとする佐上衛の説明台詞がそのままあの世界の真実だと思わせること。
あの世界が何なのかを言い当てているのは、おそらく正宗の祖父・宗司なんですよ。この場面、宗司が続けて何を言うかが必聴ポイント。
見伏の神は何を願い、何を創ったのか?
映画の中で正宗の祖父・菊入宗司は言う(小説版の台詞と異なる部分があ
『アリスとテレスのまぼろし工場』感想その1 「結界の中の幻影」
この映画の醍醐味は、圧倒的な映像美(特に背景美術、工場や廃墟の風景)、場面に寄り添い時に情感豊かに盛り上げる劇伴音楽、そして登場人物の細やかな表情や台詞で構成された物語全体の雰囲気にあります。
それはさておき…
・恋物語と親子物語の群像劇
今作の主題をひとことで言えば「恋物語の群像劇」に尽きるかと思います。そしてその「恋」は、恋愛成就もあれば失恋もある。そこでまず感じたことから、つらつらと。