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ショートストーリーズ

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短くて、無くなっちゃいそうな話たち。
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#エッセイ

ベタ

ベタという魚がいる。
タイ原産の熱帯魚で、その優美なヒレとスローな佇まいがインテリアとして人気を博してた。

私が初めて見たのは友人宅。
彼女のお母さんのもとで国語を習っていた。

私たちが使う焦げ茶のダイニングテーブルに面してあるキッチンカウンター。
その上に置かれたサボテンの真横にある小ぶりな金魚鉢。
そこにベタは住んでいた。

ほとんど動かないベタは、
大抵は身体の濃ゆい青色を水

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牛乳

木曜の朝7時30分、起きてそのままキッチンへ向かう。日曜に買った花柄の陶器のカップを取り出し、牛乳を注ぐ。そのまんまレジに入れようとした。

「鍋であっためたことある?」
と、彼が言った。
ないよ、面倒じゃない、と呟く私。
「一度、期限切れの牛乳をね、そのままじゃ気がひけるからって鍋で煮て飲んでみたんだ。そしたら、びっくりだよ、なめらかでさ、ほんのりあま〜くて。のんでみなよ」
そこまで言うなら、と

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うちの山百合

うちの庭の隅っこに山百合が咲いていたことを思い出した。

白い6枚の花弁は歪で、
それぞれの先端はあらゆる方向に向かっていた。
質感は絹のよう。
表面には花びらの形に沿って中央に黄色い線が先端に向かい伸びている。

その上に赤黒い斑点が全体に散りばめられていた。
中央には一本の控えめな雌しべと
それを囲う6本の雄しべ。
重みのある朱色の花粉は風に揺蕩っていた。
少しグロテスクだった。

それでも私

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暇のギャラリ 青山一丁目編 2

ギャラリーに展示された
日常のための吹きガラスを時計回りでゆっくりと眺めて行った。

最初の棚には
小皿がぽつん、ぽつん、と規則正しく並べられている。
空気みたいに透けてるガラスに
微細な線でシロツメクサが一輪描かれていた。
丁寧に、丁寧に、描かれていた。
水玉模様で縁取りされた小皿、
私だったらどんな食べ物を置こう。

シロツメクサを隠すような真似はしたくない。

そうだ、ゼリーだ。
それも紫色

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暇のギャラリ 青山一丁目編

土曜の11時半の待ち合わせ、
「ごめん!」
のひとことだけ送られてきてから早20分。

仕方ない
この辺りで時間をつぶそう。

青山一丁目駅を出て根津美術館の方へ向かう途中、
コムデギャルソンの手前を右に曲がってしばらく歩くと生け垣にぶつかる。
生け垣沿いを南東に向かうとそのギャラリーはある。

絵画、彫刻、陶芸、アクセサリーなどあらゆる作品の展示販売を行うギャラリー。

行くたびにギャラリ

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有限な私たちの無限の愛

大学一年生の時だろうか、
母の涙声を聞いたのは。

とても一瞬だったから、
娘であり、他人の感情に敏感な私でも本当に涙声だったかは定かではない。

それは夏日の6月初旬。
小田急バスの停留所、
楠木の下にあるベンチに
母とともに腰掛けていたとき。

ふと母の古い友人の話になった。

「とても賢くて、本が好きで。
たくさんお話しをしてくれる人。
話が尽きないから、
話すのが苦手な私からしたらねとって

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