見出し画像

短編小説「シーマに花吹雪」#シロクマ文芸部

念願の大きなガレージ付きのセキュリティ万全の一戸建てを、都心の一等地に買った。これでうるさい週刊誌もやってこない、ストーカー対策もばっちり。監視カメラもついている。

花吹雪、しぶとくくっついてやがる………

そう、念願の昔から憧れだった女優の愛車である、念願のシーマの旧車に…………

ふぅ………洗車するか。めんどくさいわ。

周囲は「お嫁さんランキング」「彼女にしたいランキング」「友達にしたいランキング」だなんて、あたしのことをランキング上位に連れてっていきやがるけど、小さな関西の芸能プロから移籍した先は給料制のままだし、マネージャーは何人かついてもやる気ないし、やる気のある人ほどやめてくし、あたし、自己管理をお金払わないと無理だし、独立するとか無理だし。

私とライバル関係にいた女優ほど早々といい男捕まえて永久就職するもんだから、もうそろそろ引退したい………はぁ……アラブの石油王なんかが、日本の人気女優と会える確率なんてないし、さいきんSDGsだなんだで石油の価値もピンチだし……

これから眉毛を整えてもらいに行くんだけど、昔は「眉毛さえ自分で整えられないの?」って女子からバカにされまくってたな。

いまだに、あたし、なにもできない。

部屋の掃除も、食事も、マネージャーに作ってもらってるの。

女ってのは、人をバカにして悦に入る生き物よね。まあ、そのおかげで、邪魔する周囲をけたおして、今のあたしがいるんだけどさ。

あああ、シーマに乗ってるだなんて、やっぱ恥ずかしい。でも、好きなの。

だって、あたし、実は、やくざの娘で、趣味の悪い外車しか乗せてもらったことないもん。

このフォルムがキレイだわ……撫でてみる。

そういや、昔、家に日産の車が5台くらいあったというギャルサーしてたときの友達がいたら、本当にあったのよね。センチュリーまであったの。クラウンじゃないの?と思ったけど。みんなセダンだったけど、軽トラもバンも置いてあって、軽トラとバンだけトヨタだったんだけど。地元の会社の社長の娘。

あたしの家と違って、ボディガードも、お手伝いさんもいないんだけど、食事は自分で作れる子。眉毛を整えてもらったり、上手いラメグリッターやニキビをなくす方法を教えてもらったわ。

あの子と新京極で騒ぎまくって修学旅行客を茶化しに行ったの、楽しかったな〜

やっぱヤクザの娘と違って、持てるものをうしろめたくなく持ってる人間って、世間体を気にするから、女らしいし、人と比べないからピュアなのよね。賢い高校に入ってたから、勉強も教えてもらったわ。

会いたい……あのピンクのグロステカテカの唇と囲みメイクと、太いアイラインと、歯並びの悪すぎる笑顔が恋しい………パラパラをもう一度踊りたい。

ああ、なんでこんな世界に入ってしまったの?

もう、いや!

眉毛サロンに行くのがいやになり、あたしはシーマを走らせた。花吹雪をくっつけたまま。行くあてもなく、首都高を走らせ、感情のまま、いらいらのまま。

……………………………………

行きついた先は、九十九里だった。

なんで、こんなところに………

マナーモードにしてた仕事用のスマートフォンを、海に投げた。

「ねえ、リカコ?ねリカコだよね?私、京都のギャルサーで一緒だったま・り・え!川沢まりえ!」

振り向いたら、あの子がいた。

まりえが。

ギャルサーで一緒だった社長の娘、まりえ。

「あ、あ…………」

うそ!夢みたい!

「あーあ………」

「やっぱり!NHKのドラマ、見てたよ。つまんなかったけど。変なドラマばっか出てるね。まぁ、いいや。私、映画は洋画しか見てないけど。ナンパ橋でスカウトされて、こんなに有名になるとは思わなかったよ。小杉龍太郎とフライデーされたでしょ?私、小杉龍太郎大好きなんだよね。うらやましいな。なんでこんなところにいるの?私は旅行だけど。っていうか、なんかしゃべれよ。私もすっかり標準語になれて、こっちの方が楽なの。」

「会いたかったぁぁ〜!!!」

まりえに抱きついた。あの時のまま、小柄なのに筋肉質でがっちりした上半身は健在だった。

だが、なんか、ダサい。みんなから一目置かれていた最先端にいた女の子とは思えない。上下がピチッとしたTシャツとジャージズボン。

でも、そこがどこか色っぽい。思えば、周りから流されず、落ち着いていた子だった。あと、昔と比べて、おっぱいが小さくなって、太った。よく見れば二重アゴだ。

「旅館行こう。あたし、いま千葉県民なの。千葉県民だと割り引いてくれるの、旅館が。お酒もおつまみも買い込んでるし。ほらっ。」

「うん!うん!」

旅館に戻り、まりえが今どき珍しい紙巻タバコに100円ライターで火をつけた。しかも、オヤジくさいセブンスターだ。

「ふぅ〜…………生き返る〜」

まりえがあぐらをかき、上を向き、指で髪をかきあげ、煙を吐き出す。かっこいいなぁ…………清純女優の地位を守るため、喫煙シーンはやったことないんだけど、真似してやってしまいたくなる。

「私、まりえやサークル仲間に秘密にしてたことがあるの……」

「なに?かえって水くさいな。いいけど。なんなの?」

「私、ヤクザの娘なの………AKT会の若頭の娘……」

「えっ?!じゃあ、あのお父さんとお母さんも?!」

「あれは、私が雇ったモデル。」

「え?なんか盛ってない?おかしくない?家だって普通じゃん。車もないじゃん。」

「あれは、うちが用意した別宅…」

「はぁ〜ふーん……私ヤクザ嫌いだったよ。ほんと汚いもん、やり方。街でぶつかられて、怒鳴られたこともあるし。でもいま、千葉だから関係ない。その分、どうしようもないヤンキーも多いけど。」

「う〜う……女優なんてやめたいよ……あたし、演技下手だもん……自分のテレビにうつるの見るの、死にたくなる。清純派もそろそろ限界だよ。同じような役しかこなくて、ときどきセリフも飛ぶし、脚本家がやってきて、ダメ出ししてくるし……」

「勉強もスポーツも料理もできないくせにね、お料理番組の『あなたとクッキング』でゲストに出てさ、料理上手キャラ作って、横にいた男が必死に作り笑顔するのを見てたの、知ってる、ふふっ。」

「見てたの?!」

「見てたよ〜!ダースフェイドの元メンバーが、困り顔するの、笑い止まらなくて。一緒に夕食作ろうって、包丁の使い方もわからなくて、指切ったよね!手当も私がしたじゃん!あの時は面白かったな。血って意外と赤くないんだよね。茶色っ!て笑ったの、覚えてる?」

「たしかに!デジカメで撮ったよ!」

「そうそう!私のホームページに載せててさ!」

「そうそう、きもいロリコン男から変なメール来まくって!」

「そうそう、ほんときしょかった!!セフレにならない?って言ってきて。」

「あ〜きっしょ、きっしょ!!ほんまきっしょ!」

「ははははは!!!!!」

「ははは、きしょきしょ!!!!」

花吹雪に包まれてたあてのないシーマの逃避行が、まさに思いがけない人との思い出話に花を咲かせ、知らない海の夜はまさに花吹雪。

さて、明日からどうしようか。

しばらくは、朝が来るまでは、寝るまで、ずっと、花吹雪を舞い散らかしたまま、まりえと、楽しく舞い上がってやろうと思う。

(おわり)

この記事が参加している募集

私の作品紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?