田中かしこ

馬込から高知へ、それからまた都会に来ました。 本を読んだり、簿記の勉強をしたり、映画館…

田中かしこ

馬込から高知へ、それからまた都会に来ました。 本を読んだり、簿記の勉強をしたり、映画館に行ったり美術館に行ったり博物館に行ったりする生き物です。 たぶん旅行が好き。というか移動が好き。テレワークは合わない体質。 ベランダに植物がいます。 @kasico@fedibird.com

マガジン

  • 連載中 20231218ー

    未来と今と過去を行き来する小説です。 「そんかへ」という短編を書き直しました。 特別な実を栽培していた今と過去、栽培が禁止されてから60年経った未来。 ぱっとしない者たちの物語です。

  • 創作物

    創作物をまとめています。

  • 館がつくような建物に行ったこと

最近の記事

四、今の未来(あじゅの日記より抜粋)

 夏区画の、早いものが実をつけ始めました。  色艶も良く、時期も例年より二日遅いだけで、実をつけた樹も変わらぬ早い樹です。  旅園は変わらず、また五年後には顧客から礼状が届くことでしょう。  けれど、他の園では中々そうもいかないようです。例年、の記録がきちんとつけられていなかったり、農人の出入りが増えた園では質が安定しなかったり、たまたま良くない年が五、六年前だった園の信用は、おそらくもうこれまでのように回復することはないでしょう。  ここ数年、他の園の経営状態、栽培情報

    • 三、過去(Dの論文(作成中))

       実が生った。  公式文書にそう記されたのは、あじゅが旅園に入る八十七年前。(実産業の終わりへ旅園がどういう影響を与えたか、がテーマなので基準は旅園及び実産業の最後の方。書き直しって言われるだろうけれど、とりあえずそういうスタンス)  実産業創始者、御厨賛崇郎[みくりやさんすうろう]が幼い時分、自分よりいくつか年上の子供たちが実の効力を有していたと推定できたため、遡ってその子供たちが胎児であった年を、実を発見した年と定めている。さらに遡ること二十七年。あじゅが実産業入りをする

      • 比較検討、『狂骨の夢』と『鶴屋南北の殺人』

        続けざまに読んだから、雑感を書くだけなのですが。 前提として、京極堂シリーズは塗仏の宴まで、森江春策シリーズというか芦辺拓さんの著書は初めて読みました。 シリーズもののミステリーは、四・五冊めくらいから距離感が苦手になる。 途中までミステリーを、いくつも見送ってきた。 シリーズものだから、そして時間は過ぎていくから、登場する人たちの関係性が変わったり、省略される部分が出てくる。 内輪で完結している飲み会に呼ばれてしまったような居心地の悪さを、段々感じていく。え、これ私要る

        • 二、今

           泡もなく、水の中を落ちて行く。  沈もうという意思も、実の樹に辿り着こうと藻掻きもせず、静かに真っ直ぐと。エレベーターみたいだと、入水前に、なじ、が言った。うまい例えのはずなのに、一方は実の樹のことばかり、一方は付き添っている教師みゅーに、の腕を固く掴んで余裕もない。近くを魚群が通っても、見送るのはなじだけだった。  眼下湖の底、サンゴのように実の樹があちこち植わっている。  あちらこちらに目移りして、踊り出しそうなほどそわそわしている、ゆるの、も、背負ったボックスにコン

        四、今の未来(あじゅの日記より抜粋)

        マガジン

        • 連載中 20231218ー
          4本
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          7本
        • 5本

        記事

          一、未来の未来

           ベッドの上で腹這いになって、D[デニール]はあじゅの日記を眺める。  もうほとんど覚えてしまったできごとの、微かなペン溜まりに指を重ねる。  あじゅの日記は読みにくい。不必要な手書きの文字を追うのは、妙に疲れる。文字を書く行為、力の入り具合、ためらい。日記にはあじゅの時間が取り残されていて、その生々しさに取り込まれてしまいそうになる。きっちりとした性格が滲み出た、やや角張った文字そのものは読みやすいのが救いだ。  手書きの性質か、あじゅの性質か、気づけばDは日記に感情を重ね

          一、未来の未来

          『空ヲ喰ラウ』劇団桟敷童子

          観てきました。 桟敷童子はやるってだけで観に行ってしまうから、いつも事前にどんな劇なのか調べずに行っている。 ところで私は一年ちょっと前まで高知にいた。高知は県の8割くらいが山だ。江戸時代に大阪あたりにガンガン木材を運んだけれど、いまだに山である。 移住界隈では、林業に注目も集まっていた。 空師、森林伐採師の話だった。 怪我だけはしないように、そんな言葉を近くで聞いていた。 春一にピンでスポットライトが当たった冒頭、桟敷童子ははみ出しものの物語ばかりだから、何度も足を運

          『空ヲ喰ラウ』劇団桟敷童子

          ちょっと、すみません

          満員電車は、東京だろうか。 言わないとわからないよと、人に言う。 言ってもわかってもらえなかったと、人に言う。 普通そのくらいわかるよねと、勝手に押し付けて。 もっと早く言ってくれればと、勝手なことを言う。 わからなかったら聞いてねと、言われて。 なんでもかんでも人に聞かないでと、言われる。 満員電車は、会社の縮図。 普通、普通、普通、と不機嫌な顔で自分のマナー押し付けて。 深刻な犯罪には関わろうとしない。 出口へ向かうには、背を向けている人の鞄を押し退けて。 自分

          ちょっと、すみません

          白夏[はっか]

           嵐でした。  夏の嵐でした。  青空に雷が鳴り、蝉が負けじと鳴く嵐の日でした。  一雨来るのか来ないのか、空を見て、足元の初雪かずらの土を見ました。  斑に乾いた土は、水を欲しているようにもまだ要らないようにも映りました。  初雪かずらは名前通り、白い葉をつける植物でしたが、夏は名前さえ溶かしてしまい、濃い緑が硬く茂っています。成長した緑の陰に、少しだけ初雪が育ちました。一体初雪かずらは、どちらが正しい姿でしょうか。  立体映像に手を差し入れて、ざらざらと乱れる粒子を眺め

          白夏[はっか]

          道具 ――ディーン・ボーエン展――

           その鳥を見たときから、行きたいと思っていた。  西や南にはあちこち行ってみたけれど、東京より北へはほとんど行ったことがない。特急料金なし、電車で行ける群馬は、この暑さに少し遠かった。  会期ぎりぎりの土曜、上野駅構内で半ば迷子になりながら群馬へ行った。  群馬の森、という大きな公共施設に、群馬県立近代美術館があった。  県庁所在地の前橋市で、この規模の公共施設が運営できることは、東京にも高知にも難しいのだろう。(極端な比較だけれど、地に足がつくのはその2つだけ)  美

          道具 ――ディーン・ボーエン展――

          並列求人タイル

           ほとんど同じ語句が並ぶ派遣元の求人をだらだらと眺めて、やっぱり選べないなと実感する。  選択をするのが苦手だ。  20歳で時給1000円のアルバイトをしていたのに家を出たり、東京じゃないところに行ってみたいと高知に行ったり、世の中のお金のことを知ろうと経理関係の仕事に就くために東京に来たり、舞鶴に行ったらこのまま北西にルート変更したら鳥取砂丘に行けるなと旅程を変更したり、大幅な変化はあんまり後先考えずにしてしまう。  だけど例えば、三、四軒の飲食店の食べログを見ても、どれ

          並列求人タイル

          新しい技術は試したい

           ほんの少し資料の探し方を変えるだけで、仕事のスピードが上がることを発見した。担当社員に相談をして、同じ仕事を担当している人と進み方を擦り合わせて、作業手順を報告して。  準備が整ったら、こう思った。早く繁忙期になればいいのに。  戦闘シーンのあるマンガで、必ず新しい技が生み出されていく。  新しい技ができたとき、それを早く試したい、ということで頭がいっぱいだろう。登場人物たちは「敵を待っている」。  原子力爆弾を作った人のことを、全然知らないのだけれど、作ってしまった兵

          新しい技術は試したい

          さよなら四国、また来て□

           あ、あ、  あ、大丈夫そうですね。  えっと、私は今、ホテル、というか宿泊施設、実験施設? とにかく外泊をしていて、宿泊先の部屋の中にいます。 こんな風に話すのは久しぶりで、あー、こうやって録音するのは初めてなんですけど、つまりそんな感じなので、もしこれを聞いている外人の人、外人の人って変ですね、でもそう言います、何かの拍子にこの録音を聞いている外人の人がいたら、最初に言っておきますが、あまり期待しないでくださいね。少しだけ時間を持て余しているから、秘密の話をしたいだけな

          さよなら四国、また来て□

          あの夏、この夏。

           花火大会が開催する。  もう15年前のこと、稽古を早めに切り上げてもらって、みんなで座る場所もないまま河原を歩きながら花火を見た日を思い出す。  自棄になっていた十代後半から二十代半ばの頃、何かをしないといけない、何かを演劇にしていた。何のビジョンもなかった。売れたいとか、いつまでにどうなりたいとか。ただ自分がまともに就職できるわけがない、とあの頃は本気で思い込んでいたし、今では確かにそうだなと思う節がある。  だけれど学生じゃないから、学業に該当する何かを、しないといけ

          あの夏、この夏。

          座り心地の悪い椅子

           ――男の人ってポンポンおしゃべりできないじゃない  女が男を評するとき、いつも少し居心地が悪い。  おそらく私は「女」側に所属しきれてもいない。 『さよなら、俺たち』清田隆之 「さしすせそ」でなぜ気持ち良くなるのか、とか、男を褒めて三歩下がって女に与えられる仕事は責任のない、簡単で単調で面倒くさく、賃金の低い/発生しないもの、という構造と相性がいいのはわかる。そういうことに丁寧にアプローチして言語化していること自体は、面白かった。  だけど、女だって褒められたらうれしい

          座り心地の悪い椅子

          まとめノート

           まとめノートを作るのが好きだった。  中学の時、テスト前にノートを提出していた。まとめノートを作ったら、一緒に提出して良かった。全員ではないけれど、そこそこの人が別ノートを提出していたと思う。  小学校の授業内容は全然覚えていないけれど、中学に入って、教科書に書かれていない話を教師がしていた。雑談ぽかったり、解説だったり、小話だったり。板書されないその言葉をノートの罫線の上に、そういう言葉だとわかるように書き留めていた。(公式ではない言葉はあまり繰り返されずに、さりげなく

          まとめノート

          勝手に育って。

           テレワークで意味と価値に搦めとられて、植物を育て始めた。  誰も褒めたりしない、やってもやらなくてもいい、人間以外の生き物に振り回されたい。(保護猫とか、偉いねって言ったり言われたりするから。そもそも飼えない)  大葉は大量に育って、もりもり消費しているんだけれど、食べる用ではない植物たちを、ただ育っていくのを見守って、水が要るのか、肥料を足すのか、陽当たりが強すぎやしないか、少し手を加えている。  花が十分育ったタイミングで剪定して、ドライフラワーにして。もしかしたらリ

          勝手に育って。