見出し画像

四、今の未来(あじゅの日記より抜粋)

 夏区画の、早いものが実をつけ始めました。
 色艶も良く、時期も例年より二日遅いだけで、実をつけた樹も変わらぬ早い樹です。
 旅園は変わらず、また五年後には顧客から礼状が届くことでしょう。
 
 けれど、他の園では中々そうもいかないようです。例年、の記録がきちんとつけられていなかったり、農人の出入りが増えた園では質が安定しなかったり、たまたま良くない年が五、六年前だった園の信用は、おそらくもうこれまでのように回復することはないでしょう。
 ここ数年、他の園の経営状態、栽培情報が考えられないほど流出しています。情報開示が実産業の最後の健全化だと学識者が笑顔で語っていましたが、これはモラルの崩壊です。
 旅園のように経営体制がしっかりとしている園なら少なくとも五年は保つでしょうが、実産業の著しい衰退、補助金制度の縮小、投資家からの敬遠、何より世界の雰囲気が、実に見切りをつけ始めています。
 
 あなたと出会った頃、実の園の信用がこんな風に失墜するなんて、予測していなかった。
 実産業はまだ成長過程にあって、上昇の仕方のパターンばかりを考慮していました。
 けれど私が旅園入りをしてから、私はずっと実の園の衰退ばかりを見てきました。
 なじさんの浮世園は農人の離職を引き留めずに、今年か来年の実を最後にするようです。学園の存続も、危ぶまれています。二番目の生徒がほとんどいなくなって、三番目の生徒も減っていって。次の募集はもう少し条件を緩くすると言われていますが、これから十年、実を学ぶことに価値を感じる親がどれだけいることでしょう。私たちの子供は、もちろん学園へ進学させる予定ですが、その頃に学園が存続しているとも考え難いです。
 あの中庭の生徒たちを覚えていますか? きっと覚えているでしょう。あの園は、以前から管理が杜撰だったのですが、しょうもない横領で去年破産しました。
 水実研究所は補助金交付枠から外されて、残った設備でできる限り続けるとは言っていますが、数カ月前にどうも設備を更新したようなのです。おそらく資金は、噂を検証するために出ていると見て間違いないでしょう。
 流れては立ち消えていった実の園の噂が、今度ばかりは止まる気配がありません。
 実産業が国を支えている。
 それだけが事実でした。
 けれど事実が豹変しました。私はずっと考えていたんです、実産業の衰退はあなたが旅園(以下解読不明)
 
 ごめんなさい。ごめんなさい。
 違うんです。こんなことが書きたいんじゃない。
 そうだ、のぎしさんにテレターを見せてもらいました。外国産の実は、驚くほど大きなものもあるのですね。「疑似実」と呼ばれていて。「疑似実」が世界中の市場に出回り始めたのも
 
 ああ、ダメ。
 病気なんです、私。そんなことあなたも知っていますよね。病気が進行していて、どうしてもここのところ、気づけばあなたを恨んでいるようなことばかり考えてしまっている。病気のせいで。
 
 脱兎の服を、まだ着ているんですね。
 服が主役になる派手で主張の強い脱兎は、あなたの芯の強さとケンカになってしまうんじゃないでしょうか。
 無邪気なままのあなたは、もっとシンプルなものが似合います。
 無名ブランドですから、あなたが応援したい気持ちもわかりますが。
 
 旅園には今、あなたの力が必要です。
 世界中の実を、見て、育てて、あちこちで研究を続けているあなたが、再び旅園に舞い戻ったら、それは旅園だけでなく実産業の信用を復活させることだってできるかもしない。
 のぎしさんはきっとあなたに伝えていないでしょうが、研究員さえ葉吸いをするようになったのです。あなたがミルキーウェイと呼んでいたコンベアも、掃除が行き届いていない。スーツの扱いも、消毒も、ぞんざいになっていっています。
 もういいじゃないですか。あなたは十分世界を回った。もう旅園の子として、実の樹の子と呼ばれたものとして、実産業に貢献してください。
 
 だから違うんです。
 またあなたが鮮やかに旅園を飛び回る姿が見たい。誰よりも自由に、旅園を旅する姿をこの目に焼きつけたい。
 私が旅園入りをしたときの、あのダンスをもう一度見たいんです。
 
 病気が進行しているんです。だからもう、もしこれから先日記を書き続けたとしても、それはもう、事実ではありません。正しい記録ではない。信じないでください。
 ああ、その前に一つだけ、一つだけ事実を加えさせてください。
 ゆるのさんは、学園の卒業と共に旅園を出ました。実の園の責任を担える資格を保持してから一度も、旅園に足を踏み入れていません。それが事実です。
 だからゆるのさんは旅園で起こった全てのことに決定権はなく、責任もありません。
 悍ましい噂とゆるのさんに関係ありません。
 
 どうか、それだけはこの世界に残って(以下解読不明)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?