さよなら四国、また来て□

第6回阿波しらさぎ文学賞落選

 あ、あ、

 あ、大丈夫そうですね。
 えっと、私は今、ホテル、というか宿泊施設、実験施設? とにかく外泊をしていて、宿泊先の部屋の中にいます。
こんな風に話すのは久しぶりで、あー、こうやって録音するのは初めてなんですけど、つまりそんな感じなので、もしこれを聞いている外人の人、外人の人って変ですね、でもそう言います、何かの拍子にこの録音を聞いている外人の人がいたら、最初に言っておきますが、あまり期待しないでくださいね。少しだけ時間を持て余しているから、秘密の話をしたいだけなので。

 私は、それからあと今ベッドで休んでいる夫となった人は、「自動お見合い」第一号の一組です。
 外では「自動お見合い」と、付随した「自動お見合いの事前調査」とかが随分批判されているようです。
だけどこうやって今、私が話せているのは「自動お見合い」の予期せぬ影響なんです。レゴブロック東京都が夫婦生活のために用意した薬の、事前に知らされていなかった、もしかしたら見つかっていなかった副作用で、私は久しぶりにレゴブロック東京都の外のことが認識できている……うーん、難しいですね。認識はずっとしていたんですけれど、外のことだから、絵画の中の出来事、みたいな遠さがあったんです、ずっと。その次元がわっと移ってきた、感じです。
 東京都がレゴブロック東京人の婚姻関係を決定するなんて、常軌を逸していると思っているんでしょう。だけど私たちにはその制度が必要なんです。私たちはみんな同じレゴブロック東京人だから。誰もが同じ、誰もが平等。東京都はすべて同じレゴブロックの組み合わせでできています。遠い神々の世界なら、個性の溢れる神たちが闘ったり愛し合ったり憎んだり嫉妬したり、多くの物語が生まれましたが、レゴブロック東京都では一秒のずれもなく毎日が平穏に過ぎています。だから、私たちは恋をすることがなくなった。みんな私で、私はみんなと同じで。
 外人の人は耳にタコでしょうけど、私たちは別に不死身になったわけじゃありません。確かに事故はなくなりました。事件も起きません。それでも変わらず、生まれて老いて死んでいきます。
 恋をせず、ケンカもせず、友愛だけが隅々まで広がる東京都で、私たちは何かにブレーキを掛けるように、「自動お見合い」という制度を選んだのです。
 その結果、もう定型の文章しか話す必要がなくなっていたのに、外の人に向かって話す言葉がいっぱい溢れて来てて。外の人、の方がしっくりきますね。今度からそう言います。
 ああ、でも、言葉よりも先に、夫となった人との夫婦関係がちょっと大変だったんです。
【ふふ、と小さな笑い声】
 副作用で、言葉だけじゃなく色んな感覚が狂っていて。もうとにかくびっくりしたのが、夫となる、なった人の冷たさでした。物理的な。レゴブロックだから。自分の内臓ブロックの熱さとそれを覆う皮膚ブロックの冷たさに混乱しながら、夫となった人のさらに冷たさに戸惑って。たぶん夫となった人もそうだったんだと思います。ほらだって、抱き合った相手の体温が温かいって思った時、もう片方が冷たいって感じているわけじゃないじゃないですか。そんな感じで、お互いに冷いなって思ってたんだと思います。
レゴブロックの皮膚は固くて、互いの体にしがみつくこともできなくて、一旦途方に暮れました。
 ちょっと休憩します。
【ガサガサと離れる音、遠くで扉が開閉する、大きく吐く息、音が近づく】
 東京都の薬の効果で発情はしているんですけど、頭と体がちぐはぐで、何かがおかしくて、しっくりこなくて。
【ギっと椅子に腰かける音】
 今度はお水も持ってきたので、続けます。
 そこで私たちは話し合いました。定型文ではなく、これまでのこと、これまでどうしてきたかを。色んなことを。そうやって距離を縮めて、でもやっぱりレゴブロックの体は手持ちの経験だと全然追いつかないから、文字通り手探りしました。
 この大変さは東京都に報告して、次号からの自動お見合いに活かしてもらおうと思っています。でも、結局ずっとずっと冷たいままだった夫となった人の、その冷たいままの懸命さを愛おしくもなってしまったことは、東京都に伝える気になれなくて。
 東京都には知らせたくないけど、薬の効果が切れたら消えてしまうかもしれない思いを、こっそり残したかったんです。
 堂々と録音持って帰ったら、それはきっと可能なんですけれど、(だってレゴブロック東京人はみんな同じで、不正やマナー違反は起こりえないから)、そうすることで、レゴブロック東京都でただ一人、特別に愛おしいを抱えたままになるのは、怖いです。東京都でたった一人、違うレゴブロック東京人になるなんて。
 やっぱり忘れようと思います。忘れるために吐き出したし、最後は消しちゃうかな。
【カラカラと鳴る音、嚥下、ふーと吐く息】
 まだ眠れそうにないから、もう少し何かの話をします。
 そうだ、夫となった人と話し合った時、レゴ化が起きた時の話も出たので、その話をもう一度します。

 レゴ化が起きる三週間前まで、東京を離れていました。
 その時住んでいた近所のおじいちゃんに、何かというと世界大恐慌と比べる人が居たんです。三年半、時折会う度にいつも何かと世界大恐慌を比べていました。世界大恐慌の煽りで父親は失踪したんだという母親の恨み言を継いだのか、ここらでは学があるのだと言いたかったのか、世界大恐慌はもっと酷かった、世界大恐慌の前に似ているな、と深刻な表情を浮かべて言っていました。世界は間違いなくパンデミックに襲われてパニックに陥っている最中のことでした。
 そんな風に、道を歩いているだけでよく話し掛けられました。おはようございます、こんにちは、おかえりなさい、(これにはいつも戸惑って。だってただいまだと親しすぎるし、ただいま戻りましたなんて、兵隊さんみたいじゃないですか)、そうやって挨拶を何度かしたら、結婚がどうした、子供がどうだ、昨晩は随分遅くまでお家に明かりが点いていたけれどお忙しいのか。
 まあそんなところで、暮らしていました。
 ずっと東京で生きてきたから、よそと内の範囲に、どうにも戸惑ったまま慣れることはありませんでした。
 四国で、(四国ってなんだかどうしても四国って括りなんですよね。九州ならもっと独立してるのに)、知り合いが増えるたび、それまで知り合った知り合いか、そのまた知り合いということが増えていって。地続きの自分がぬらぬらと拡張していくようでした。誰もが学校にいる時、職場にいる時、習い事をしている時、喫茶店にいる時、家路につく時と家の中、同じ人間であるしかありませんでした。
 東京は色々な仮面を被れる。
 東京は一人になれる。
 町に三軒のスーパーで誰かしらの知り合いに必ず会うとか、車のナンバーを覚えられていて何月何日何時にどこに居たのか把握されているとかでもなくて、ダイヤ改正で汽車一本始発の時間が後になって、朝イチの飛行機に間に合わなくなったり、インフルエンザで三十九度超えて這う這うの体で病院に行っても「お車の中で待っていてください」と言われた時に、ああ、この町は何人かの大人がいる集団が最小単位なのかと痛感しました。
 東京は一人で暮らせる。
 それはシステム的なことでした。張り巡らされた鉄道とか、歩いて行ける距離にあるコンビニとか、夜でも人が歩いていることを視認できる街灯とか。
 ずっと暮らしていたはずの東京に理想を見て、四国に敗北して上京して、実際目にした東京は、みんな同じ仮面を被りたがっているようでした。
 個性の発揮なんて誰もしないで、何となくみんな同じで、平均的で、平均しかなくて、こっからここまでの範囲の自由を喜んであるいは争って選んでいる、一人、が大量に発生して犇めき合っている土地でした。
 息苦しい、息苦しい。
 もっと詰めて、どっかに行って、声を出さないで、意見しないで。
 東京に来て三週間目の朝のことでした。
 すし詰めの電車の、少しでも空いている車両を見つけて、いつものように無言で押し合いへし合いしている時のことでした。一瞬にしてレゴブロック東京都は生まれました。東京ドームのように覆われたんです、東京都は突然。実際ドームの天井みたいに可視化はされていないんですけどね。
 不思議とそういうこと全部、その瞬間に分かっていました。だから私たちが乗った電車はいつも以上に正確な運行を続け、いつも以上に混乱のない、平穏な日常があれからずっと続いています。
 でも東京都の周縁では、多くの悲劇が起こっていました。
 レゴ化は東京都に入ることで起きます。それでレゴ化したもの、例えばレゴブロックの書面を東京都の外に出したら、レゴは解けてただのレゴブロックパーツになってしまう。あの映像は、レゴ化してもなお、切なさを生じさせます。
 なので起きた悲劇は二種類でした。
 東京都への侵入速度が速すぎてレゴ化しきれずレゴの結晶となって爆ぜてしまったこと、レゴ化が起きた後に勢いが止まらず東京都を出たこと。
 あれから、レゴブロック東京都の十キロだか百キロ圏内は立ち入り禁止区域の指定がされて、そのライン上でずっと何かを見張っていて。
 日本にいる外の人には、同情します。世界から迫害されて、怯えられて、厄介な団体からアプローチされて。
 ああ、四国のことも聞きました。四国独立計画が立ち上がっているとか、立ち消えたとか。九州と違って四国は四国だからそういう話も出やすくて、四国は四国だからどこが旗振り役になるかで揉めているんでしょうね。大言壮語だ、金遣いが荒いだ、ケチが過ぎて会見も公民館で開くだろうとか、勢いしかない勢いがない、きっといっぱい悪口言い合ってるんでしょうね。よその国からしたら今四国が独立したって、迫害する国が一つ増えるだけなのに。
【花火のような音、息を呑む音】
 やっぱりこの音には中々慣れないです。
 今日もどこかからミサイルが飛んできています。
 レゴ化速度に追いつかないと、その速度と質量に比例して大きな音がするんです。それで結晶となったレゴがきらきら降るんです、あんな風に。って、見えないですよね。雨の日なんてずっと小さくパチパチって音がしてて。小さな結晶が東京都の上空で光っているから、今じゃ金平糖の日って呼んでいるんです。
 でもミサイルって案外正確じゃないから、全部が東京都に当たるわけじゃなくて。
 どうしてそんなことするんですかね。東京都から出ることのない私たちを、そんなに恐れることはないし、そもそも私たちには友愛の情しかないのに。
 そうだ。明後日核が落とされる日でした。関東圏からはそもそももうたくさん人が居なくなっているけど、それでも避難指示が発令されているって放送されていました。
 やっぱりミサイルの時より、大きな音がするのかな。東京都は音量も一定なので、(アレンジされたオーケストラも、猫の鳴き声も)、驚いちゃうんです。やだな。
 四国まで核の影響はないんですかね。そうだといいな。
 そっか。四国に送りますね、この録音。独立するにせよ、ミサイルとか核とか、どうか四国に被害がないように上手に使ってください。
 四国に送ったら、録音を消します。
 冷たい甘さは、もう充分です。友愛だけをもって生きていきます。
 あ、もしも叶うなら、寒茶を送ってください。四国にいる時に一度だけ飲んだことがあって。冷たい甘さだなって思ったんです。そう、何だか冷たい甘さってフレーズをどこかで使ったことがあったと思っていたんですけど、寒茶でした。冬だったから、温かいお茶だったんですけど、ちょっと突き放されて甘ったるくない冷たい甘みが印象的だったんです。
 食べるものも、コップに汲んだ水もレゴブロックだから、うまくレゴ化できるか分からないし、飲めるかもちょっと分からないですが。
 この思いは四国にあげるので、あの味をください。
 四国らしくない、ちょっと突き放した、遠い、体温なんて感じられない距離の、冷たい甘み。

 今、東京都のシャッター街だった商店街は畑になって、河原の運動場は田んぼになって。私もここを出たら、畑の一区画を任されることになっているんです。寒茶が作れないか、試してみようと思います。
【コップの中で水ブロックがカラカラと鳴る音】
 四国へのお願いも済んだし、そろそろ終わりにしますね。
 少なくとももう一度夫婦生活があるでしょうから、(そうしないとレゴブロック東京人が減ってしまうので)、その時にまたこの思いを味合わないといけないのか、二回目だから慣れがあるのか分かりません。怖くて甘い思いなんて、もうしなくていいけど、レゴブロック東京都からお知らせが届いたらその時はまた、四国に録音を送ります。
【これかな、こっち? ああ、コレを押せば】

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