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毎日読書メモ(541)なかなかまとめきれなかった感想文、走り書きで

本を読むスピードと、感想文を書くスピードが合ってなくて、読み終わってかなり時間がたったのに感想をまとめられないでいた本がたまってしまったので、短くても控えとして簡単な感想を書いておこうかな、と。

吉川トリコ『余命一年、男をかう』(講談社文庫)

昨年、山本文緒『無人島のふたり 120日以上生きなくちゃ日記』を読んだときに、文中に出てきた読書記録で気になって、割とすぐ読んだのに、うまくまとめられないまま、長い日がたって、単行本で読んだのに、文庫になってしまったよ。
長編小説なので、もちろん色々な要素が入っているのだが、何ヶ月もたって、わたしの中にこの小説の感想として残ったのは、
若くして人生に絶望し、自分はいつまで生きなくてはならないのだろう、という恐怖だけで、人生を楽しもうとする心をシャットし、ストイックに守銭奴のように生きてきた主人公が、がんの宣告を受けたことで、もう長く生きる必要はなくなった、という解放感から、ふだんと全く違う行動に走った結果として、逆に、生きようと思う力が醸成されていった。
という、ねじくれていたものが前向きになる、力強い小説だった。
設定が突飛なので、最初ははぁぁ?、と思うところが多かったのに、どんどん、唯と瀬名、それぞれに感情移入していく、そんな小説。

金原ひとみ『アンソーシャルディスタンス』(新潮文庫)

これも、山本文緒『無人島のふたり 120日以上生きなくちゃ日記』を読んだときに、文中に出てきた本。『余命一年、男をかう』も、コロナ禍で生活が大きな影響を受けた人の物語が出てきたが、『アンソーシャルディスタンス』も、収められた5つの短編のうち最後の2つ「アンソーシャルディスタンス」と「テクノブレイク」が、新型コロナウィルスが突然登場して、生活を狂わせられていく様子が活写された小説だった。ほんの数年前のことなのに、当時の恐怖感、不安感が、随分遠いところにあるもののように、現実感のない、ぞわぞわしたものになっていることに、我ながら驚く。
前半の3編「ストロングゼロ」「デバッガー」「コンスキエンティア」は、美しく、有能で、やりがいのある仕事をしている女たちが、恋愛でつまづき、生活のリズムを崩してく様子がホラー小説のようにおそろしい小説だった。
この本も、単行本で読んだのに、感想書けないでいるうちに、文庫本になってしまったよ。

河﨑秋子『清浄島』(双葉社)

『絞め殺しの樹』に続く2冊めの河﨑秋子。
昭和20年代後半、礼文島でエキノコックス感染症の患者が何人もあらわれ、北海道立衛生研究所の研究員、土橋が礼文島に派遣され、島の清浄化=感染症の撲滅を目指す。潜伏期間が長いエキノコックス、島内のネズミから飼い犬飼い猫にウィルスが及び、それが人間にも、というルートが疑われ、研究所から多くの支援が来て、島全体のネズミ狩り、更にすべての飼い犬飼い猫の駆除という、かなり乱暴な政策がとられ、土橋は島の人々の反感を買いつつも、感染者はいなくなり、島の清浄化は成功する。
しかし十数年後、道東でエキノコックス感染症の患者が現れる。北海道本土で、礼文島と同じ手段をとるのは不可能。
今や北海道に旅行に行く人にとってはほぼ常識だが、野生のキタキツネに近づいたり、餌をやったり、触れたりすることはタブーとなっている。エキノコックスという名前も聞いたことある人のほうが多いだろう。
感染源となる動物が広範囲に広がっているので、感染源に触れないという予防対策によって、ウィルスと共存していくしかなくなっている。
小説の最終ページ、「感染をできるだけ抑え込む。感染した場合は漏れなく早期発見をして完治させる。これが今、土橋が目標としていることだ。単純だが、それこそがゴールだ」(p.386)という一節を読んでいて、これは、新型コロナウィルスにも、今はまだあらわれていない未来の未知のウィルス感染症にも通じることだな、と思った。
昨年、利尻島に行ったので、利尻島の海岸から対岸に見えた礼文島を思い出し、親近感を持って読む。今は稚内から大きなフェリーで渡るので、所要時間も短いしそんなに揺れたりもしないが、昭和20年代に礼文島に渡るのは大変な難行で、土橋もノックアウトされ、帰任までは絶対海を渡りなくないと思い詰めていたし、それ以外の研究所員や、本土に用事のある島民も、船酔いに難儀し、それぞれに対策を編み出していた様子が繰り返し描かれていて、感染症撲滅の戦いと並行したアナザーストーリーのような面白みがあった。
次は、直木賞を受賞した『ともぐい』(新潮社)が読みたい。キツネの次はクマ...。


井戸川射子『この世の喜びよ』(講談社)

井戸川射子の芥川賞受賞作である中編「この世の喜びよ」と、短編「マイホーム」「キャンプ」の3編をおさめた作品集。
「この世の喜びよ」は、主人公を「あなたは」という二人称で描く小説。ショッピングセンターの喪服売り場で働く「あなた」の仕事の様子、家庭の様子、ショッピングモールの中の人たちとの交流の様子を淡々と描く。「あなたは」という呼びかけがたたみかかけるように続く描写の末、最後のページだけ、主人公が「あなた」と、語り掛けたい相手に対して頭の中で「あなた」と呼びかける、その二人称の転換にはっとする。
3つの小説どれも、あれ、どこで息継ぎするんだろう、とわからなくなるような不思議な連続性をもった文章が続き、静かな眩暈を感じつつ読み進めた。
『ここはとても速い川』に続く2冊目の井戸川射子。平易なことばで書かれているが、不思議なリズム。

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