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がんばれそうだよ

夢を見るなんてダサいよね、って世代に生まれたし誰も夢の見方なんて教えてくれなかったけど、夢でも見てないと生きていけないの。
大成したいんじゃなくて、大成するしかないんだ。


これこれの最後に出てくるお友達と電話をした。
その子と知り合ってからは、もう18年くらい経つ。

ずっと一緒に戦ってきて、途中で道が別れたようにも思うけど、結局思うところは似ていて。
たまに話すと「がんばれそうだな」って気持ちになる。
「がんばらないと」よりもよっぽど大切な気持ち。

その子は今、パフォーマンスで生きてる。
食べていってるとかそういう言い方より、
「パフォーマンスをすることで生きながらえている」
という感じ。

将来的にはアートとしてのパフォーマンスで唯一無二になるそう。
あの子ならなれると思うし、今でもじゅうぶん、すごくかっこいいし、大好きだ。

「非日常の空間をつくる」

根拠はないけどできると思うし、万が一できなくても、夢をみる君はかっこいいよ。

すごくすごくすごく酷いことを言われて、酷い扱いをされて、いろいろしんどくて。
お互いそんな10代だったけど、なんだかんだ今、ちゃんと生きてる。
教科書に出てくるロールモデルみたいにではないけど、安定とか無縁だけど、生きようとしている。


高校生の頃、あの子はきちんと自分で選んで逃げ出した。逃げることを選んで、逃げた。
私はただ逃げた。選ぶことも逃げることもせず、ただ自分から逃げた。

切り開けるし、見つけられるし、決めたら頑張れる。
そんなあの子が羨ましくて、「どうせ私は」って落ち込んだこともたくさんある。

私は才能がないのに頑張ることもできなくて、さらにタチの悪いことに、甘んじることもできなかった。


でも、当たり前だけど、その子だってめちゃくちゃ苦しいのだ。

たとえば、食べることとか。いまだに苦しいみたい。
私はもうかなり「普通」に食べることができるようになっていて、しんどさとか忘れかけてる。
その子がまだそんなに苦しいなんて知らなかったけど、まだまだ呪縛だらけみたい。

親のことも、ぜんぜん知らなかった。
悩んでるとかしんどいとか、そういうのはなんとなく知ってたけど、今日やっと、お互い声に出して「無理だよね」って言えた。

ずっと知ってるからこそ、親のことも知ってるからこそ、タブーみたいになって話せないとか、よくある。
よくあるけど、ふとしたタイミングで話してしまえたら、すごく安心できるのも知ってる。


うまくいかないこととか想定外とか、そんなのばっかりだけど。
こんなふうに、あがいてもがいて、たくさん戦っている私たちはやっぱり

表現したい、芸術でありたい

そう思います。

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