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「いしものがたり」第1話

【あらすじ】

 その少年が流す涙は、この世のどんな宝石よりも貴重だという――。

 ヒースとシュイは幼なじみで、いつも一緒だった。兄弟のように育つ二人には、誰にも知られてはいけない秘密があった。それはシュイが流した涙は光輝く石になることだった。二人は秘密を知られないよう、龍神が眠ると信じられている湖に石を沈める。

 ある日、静かな村の生活は王都からシュイを迎えにきたという客人によって一変し――。

 石さまと人々から崇められる少年と、幼なじみの少年が繰り広げる青春ファンタジーです。
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⭐︎表紙のイラストはShivaさん(@kiringo69)に描いていただきました。

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――プロローグ――

 森の中、月の光がきらめく湖のほとりに、二人の子どもがいた。一人の子どもは泣いていて、もう片方の子どもがそれを慰めている。
「――……、泣いたらだめだ」
 幼さの残る声に、泣いている子どもが顔を上げた。銀の髪を顎の長さで切り揃え、いまにも零れ落ちそうな涙を瞳にたたえている子どもは、まるで女の子のように整った顔立ちをしている。そのとき不思議なことが起こった。ふっくらとした幼い少年の頬を濡らすかと思われた涙はきれいな円をつくると、次の瞬間硬質な石に変わって、子どもの瞳からころりと転がり落ちた。
「あっ」
 泣いている子どもを慰めていたもう一人の子どもは、大きく目を見開いた。その黒い瞳はまだ幼いのに、どこか利発そうな光がある。
 一度我慢の決壊をこえた涙は次々と子どもの瞳からあふれ、それはころころと光輝く透明な石になって地面に転がった。
「あーあ」
 一緒にいた子どもが驚いているようすはなかった。子どもは地面に落ちた虹色に輝く石を拾い集めると、泣いている子どもの顔の前に差し出した。
「見て。……が流した涙の石だ。きれいだね」
 子どもの言葉に、泣いていた子どもが澄んだ水色の瞳を向けた。長いまつげが濡れていた。冬の晴れた空のような色をした瞳が、きらきらときらめく。
 子どもはにっこりと笑うと、泣いている子どもに手を差し出した。
「だけど、これはきっと誰にも知られちゃいけないことだ。だから、約束して。誰にもこのことは言っちゃいけない。もしどうしても泣きたくなったら、ひとりで我慢しないでおれを呼ぶんだよ」
 泣いていた子どもは瞼を拭うと、自分に差し出された手を取った。先ほど拾った石を、二人の子どもは翡翠色をした美しい湖に沈めた。このことは、自分たち以外の誰にも知られないよう、固く誓って。
 子どもたちは手をつなぐと、何事もなかったように村へと戻る。後には、子どもたちの秘密をのみ込んだ湖を残して――。

 ***

 月光がきらめく湖のほとりで、二人の幼い子どもが固く秘密を誓い合ってから数年後――。
 そこから遥か離れたアウラ王都の城の一室では、二人の男が密談を交わしていた。いずれも年齢は五十代くらい、身に着けた衣装は見事で、一人はがっしりとした体形をしており、もう一人は痩せ型、ただし油断のない目が用心深く周囲を窺っている。
「石さまが見つかったというのはまことか! なぜいままでその行方が知られなかった! もしや何者かが石さまの存在を隠したのではなかろうな!」
 がっしりとした男は喜色を露わにしながらも、その顔には不審の色がはっきりと浮かんでいる。
「恐れながら、そのようなことはなかろうかと……。石さまについては未だ謎が多く、これまで伝わる伝承以外わからないことが多く存在します。ただ、生まれたときは我々と変わらぬただの人だと聞いております。ある日、回路が繋がるように石さまの奥深くに眠っている力が目覚めるのだと。おそらくは石さま本人も、周囲の人間も何も気づいていない可能性もあります」
 痩せ型の男の言葉に、がっしりとした男は不満げに息を漏らすと、わからぬぞ、と睨めつけた。
「貴重な貴石を前にして、目が眩んだとしてもわからんでもないからな」
 男は高価な椅子にどっかりと腰を下ろしたまま、ゴブレットに注いだワインを一気に飲み干した。
「我が国に星が堕ちたと予言されてから数年、密かに探らせてはおったが、石さまの行方はずっとつかめぬままだった。ヴェルン王国では石さまを獲得するため、すでに我が国に間諜を送り込んでいると聞く。――ふん、やつらめ、余が気づいていないとでも思っておるのか」
 がっしりとした男が何かを考えるようにその瞳に暗い光を宿すのを、背後に控えていた痩せ型の男が静かに見つめる。
「それで肝心の石さまはいつ我が国に到着するのだ」
「いま迎えの者を送っております。じき我が国に到着されるかと」
「そやつは本当に信用できる者なのだろうな。よもや裏切って貴石を独り占めしようと目論まないとも限らぬ!」
 がっしりとした男が激昂したように高価なテーブルを叩くのを、痩せ型の男は動じたようすもなく冷ややかに眺めた。
「心配はいりません。きちんとした者に任せております。第一裏切ったとて、いったいどこへ逃げられましょう。わが国を敵に回すとでも……? どうなるか考えなくてもわかりましょう」
 男があえて口にはしなかった言葉に、がっしりとした男はふん、と満足そうに息を漏らした。
「ともかく、何としても石さまを連れてくるのだ。貴石は我が国の大切な宝。邪魔立てする者があったら、何をしても構わぬ。もちろん石さま本人であろうともだ」
「御意に」
 痩せ型の男が恭しく頭を下げる。闇の中で、ランプの明かりがゆらりと揺らめいた。


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