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「いしものがたり」第27

 その話はオースティンに聞いて、すでに知っていた。だがなぜマーリーン公がいまその話をするのかわからない。
 ヒースに驚いたようすがないことに、マーリーン公は少しだけ意外そうな表情を浮かべた。思いがけない話の成り行きに、緊張を滲ませる兵士を振り返ると、「少しだけこの者と二人きりにしてもらえますか」と告げる。
「しかし、それはあまりに危険です……!」
「大丈夫です。逃げるつもりならいくらでも機会はあったはず。我が国の存続に関わる話――、そう、あなたの大切な石さまにも関わる話だと言ったら、あなたは聞かずにはいられないはずです。そうでしょう?」
 シュイに関わる話と言われ、ヒースはそれ以上無視することもできずにこくりとうなずいた。
 兵士がその場からいなくなり、マーリーン公と二人きりになると、ヒースは警戒するようにじっと見た。いったいマーリーン公が何を話すつもりなのか見当もつかない。
「あなたにひとつ提案があります。あなたにとっても悪くない話だと思うのですが」
「提案……?」
「その前に、あなたはなぜ人々がそれほどまでに石さまを尊ぶのだと思いますか」
「シュイが石を生むからか……? 幸福の象徴なんだろう?」
「ええ。幸福の象徴であることは紛れもない事実です。確かに貴石を生み出す石さまは貴重です。国内のみならず、それは同時に他国への牽制にもなる」
 マーリーン公の言いたいことがわからず、ヒースは警戒を強める。そんなヒースに、マーリーン公はふっと口元に笑みを浮かべた。
「ご存じの通り、我が国の石さまは長い間貴石を生んでいません。モンド村の生き残りであるあなたがいたらひょっとしてと思ったのですが、どうやらそれも期待はずれだったようです。石さまにとってあなたはそれほどの存在じゃなかったのでしょう」
 ひどいことを言われている自覚はあったが、ヒースは腹が立たなかった。それよりもいまは話の続きが気になる。
「もし仮に、我が国に新しい石さまを誕生させることができたとしたら、あなたはどう思いますか?」
「新しい石? そんなことが可能なのか?」
 はじめて聞く話に、ヒースは驚きを持ってマーリーン公を見つめる。新しい石さまを誕生させる? もしそんなことが本当に可能だとしたら、王都側がシュイにこだわる理由はなくなる。だが、そんな簡単な話だろうか?
 微かな希望と不安に揺れるヒースを笑うように、マーリーン公が告げたのは思ってもみないようなとんでもない話だった。
「貴石を生み出せなくなった石さまの血で、生まれたばかりの赤ん坊を満たすのだそうですよ。その中で相性のよいものだけが、石さまとして生まれ変わるのだそうです。もちろん成功するとは限りませんし、実際に確かめた者はいないので真偽のほどは定かではありません。万が一失敗したら肝心の石さまがいなくなってしまいますからね、そう簡単に試せるものではありません。できれば我々としてもそんなことはしたくはありません。――ですが……」
 マーリーン公はすっかり血の気の引いたヒースを見ると、悪魔のような笑みを浮かべた。
「思いませんか? 役立たずの石さまなどがいて、何の意味があるのかと」
 そのときヒースは石さまとして人々に崇められるシュイの姿を思い浮かべた。同時に、幼なじみとしてのシュイの姿を。
「……うっ」
 こみ上げるものを抑え切れず、ヒースはその場で嘔吐した。
「シュイを……、シュイをどうするつもりだ……っ!」
 恐怖と怒りで全身がぶるぶると震える。どっと噴き出すように冷や汗が滲んだ。そんなヒースのようすを、マーリーン公は冷ややかな眼差しで眺めた。
「どうするつもりもありませんよ。石さまは我が国にとって大切なお方。少なくともいまはまだ……」
 役立たずの石などいて何の意味があると告げたその口で、マーリーン公は石さまが大切だと口にする。
「先ほども申し上げた通り、我が国の状況は逼迫しています。できれば他国との争いは避けたい。それには一刻も早く解決策が必要です。メトゥス王はこの状況を憂い、我が国が唯一助かるかもしれない秘策について調べさせています。だけど、私は正直その情報は怪しいと考えています。たかだか人間の手で石さまを生み出すことができるものでしょうか」
 マーリーンは呆然とするヒースの反応を確かめるようにじっと眺めると、その耳元でささやいた。
「あなたに石さまを説得してほしいのですよ。もしあなたが私の望みを叶えてくれたなら、そんな怪しい方法を試す必要などなくなります。メトゥス王は私が説得しましょう。どうですか、あなたにとっても、悪い話ではないでしょう」
 ヒースはこぶしを握りしめた。あまりに胸糞悪い話に、吐き気がこみ上げる。
「もしも……、もし説得してもシュイが石を生み出せなかったら、そのときはどうなる?」
「そのときはもうひとつの方法を考えなければなりませんね。あなたの大切な石さまにとっては、残念な話ですが」
 マーリーン公は鉄格子を叩くと、衛兵、と呼んだ。ヒースははっとした。牢から出ていこうとするマーリーン公の服をつかむ。
「頼むからあいつを助けてやってくれ……! 俺はどうなっても構わない! 説得でも何でもする! だけど、シュイだけは……、シュイだけはどうか助けてやってくれ! あいつは何も悪くないんだ……! 頼むから……っ!」
 兵士がマーリーン公の服をつかんだヒース手を引きはがす。ヒースの目の前で、鉄の扉がガシャンと閉まった。ヒースは縋りつくように鉄格子を両手でつかむ。
「う……っ」
 後頭部を鈍器のようなもので殴られ、ヒースはその場に崩れ落ちた。再び鉄輪をはめられた腕を頭の上で吊り下げられる。待て、と言ったつもりが、ヒースは自分がちゃんと声を出せたかも定かではない。
 どうか、シュイだけは……、あいつだけは助けてやってくれ……。シュイは何も悪くない……。
「いいですか、もうあまり猶予は残されていませんよ」
 朦朧とする意識の中、マーリーン公の声が聞こえた。
 シュイ……っ!
 去ってゆくマーリーン公の背中を必死に視線で追いかけながら、ヒースの意識は完全に闇へと落ちた。