見出し画像

「いしものがたり」第21話

 ――幕間――

「他国に潜ませております間諜によりますと、アリューシカ王国ではすでに我が国に進行する準備を整えており、ほかの二国はまだ状況を見ているようです」
「てっきりヴェルン王国が真っ先に我が国に進軍してくるかと思ったが、その動きはまだ見られないのだな?」
「ええ。いまのところそのようすは見られません」
 最小限に明かりを落とした室内では、声を潜めた二人の男の話し声が聞こえる。一人はこの国を統べる王、メトゥス王と、もう一人はアウラ王都で陰の実力者と言われるマーリーン公だ。
「武芸大会は中止になったが、確かあの国の王子が参加していたな。そのことが関係していると思うか」
「さて、どうでしょう。直接王位継承には関係ない王子だとささやかれていますが、彼はいまも我が国に滞在しております。当然、ただの観光目的とは考えられません。何か目的があってのことでしょう」
「ふん、忌々しいがいまこの時期、ヴェルン王国との間によけいな諍いを生むわけにはいかぬからな。そやつには当然見張りはつけておるのだろうな」
「ええ。ご心配には及びません」
 メトゥス王は忌々しげに息を吐くと、暗闇を見据えるようにじっと考え込んだ。
「――石さまはやはり貴石を生み出さないか」
「ええ。最後に石さまが貴石を生み出したのは数年前、しかもその量はほんのわずかばかりです」
 マーリーン公の答えに、メトゥス王は憤懣やるかたないといったようすで呟いた。
「星見により我が国に石さまが誕生していることを知ったときはこれ以上ない僥倖と思ったが、肝心の石さまは役に立たないときている……!」
 メトゥス王がどさりと椅子に腰を下ろすのを、マーリーン公は黙って眺める。メトゥス王は気づいてはいないが、その眼差しは冷ややかだ。
「やはりモンド村を滅ぼしたのがいけなかったのではないか。かつて龍神さまがこの国を滅ぼしたとき、その御霊を慰めるため生贄を捧げたとあるが、何か他に方法があったのではないか」
「いまさら言っても詮無きことです。それよりも、これからどうするべきか考えねば」
 マーリーン公の言葉に、メトゥス王は渋々といったようすで「うーむ……」と同意した。
「アリューシカ王国と他の二国は引き続き間諜に探らせましょう。すぐに動きがあるとは思いませんが、石さまがこのまま変わらなければ、戦になるのは火を見るよりも明らかです」
「だったらどうすればいいというのだ……!」
 メトゥス王の激昂に呼応するように、部屋の中の明かりが揺れる。だが、マーリーン公に少しも慌てたようすはなかった。
「――大神官さまの話によりますと、ひとつだけ方法があります。誰も試したことはないので真偽のほどはわかりませんが、うまくすれば新たな石さまが我が国に生まれるかもしれません」
 マーリーン公がメトゥス王の耳に何事かをささやいた。次の瞬間、王はかっと目を見開いた。
「しかし失敗したら、その石さま自体がいなくなってしまうではないか……!」
「どちらにせよ、いまの石さまではいてもいなくても同じようなもの。だとしたら、いっそ賭けに乗ってみてもよいのでは……?」
 室内にふっと影が差すように、重たい沈黙が落ちる。やがてメトゥス王の声が聞こえた。
「猶予はどれくらいだ?」
「……もはやそれほど残されてはいないかと」
「石さまには貴石を生んでもらえるよう、何とか方法を見つけろ。隣国には引き続き注意を払うんだ。もし石さまが変わらないようならそのときは……」
「御意に」
 恭しくマーリーン公がうなずく。後には再び沈黙が残された。