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挨拶をしない自由について思う事

 先日インターネットである動画が話題になっていました。

“挨拶をしない自由”という趣旨の動画です。

 要約すると、ありとあらゆる挨拶をしないという訳ではなく、職場内で同僚や上司とのすれ違いや、ドアを開けてもらう時などの時が不要では無いかと言う趣旨の話です。

私は、なるほど一理あるとも思いました。

 確かに、今の私の職場内にも出社した時に“おはようございます”と言わない方がいます。私が“おはようございます”と言っても返してこなかったりもします。もっと言ってしまえば“挨拶もしたくない人”という人も存在するのが正直です。苦手な同僚や、嫌味や不快な言動の多い上司なんかは私の頭の中でそういうカテゴリーに分類されます。私の日々の業務の中には接客も含まれているのですが、挨拶したくもない顧客というのも存在するのが事実です。

それでも挨拶をするのは、その行動そのものにマナーや相手の機嫌や体調を伺うと側面も含まれているからです。

 挨拶を返されなかったら、或いは挨拶をしなかったら互いに少しムッとするでしょう。だから私は挨拶をします。

“人にやられて嫌な事はしない”と言う幼少期に誰しも教えられるであろう処世術、つまりは日々の生活や業務を気持ち良く過ごすためしていると言えるでしょう。



お客様は神様です。

 そもそも日本という国は古来より武士道をベースとした、礼儀作法や主従関係を重んじる歴史がありました。この辺の話になると、日本の歴史を語らないとならなくなるので省略しますが、日本という国における挨拶信仰、マナーを重んじる気質は全国民にDNAレベルに刻まれているものとも言えるでしょう。

 お店に入れば『いらっしゃいませ』から始まり、少し商品を探している素ぶりを見せればすぐさま店員が来て『失礼ですが、何かお探しですか?よろしければお手伝いしましょうか?』となります。目当ての商品があれば購入して、会計を済ませれば『ありがとうございました』と入店から退店まで挨拶が入るのです。目当ての商品が無ければ『お力になれず大変申し訳ございません』と謝罪の言葉が並ぶのです。このような一連の挨拶は格式の高い店に行けばより丁寧さが増します。ホテル・旅館やブランドショップなんかが良い例と言えましょう。

“お客様は神様です”なんて言葉も存在しますが、八百万の神という概念が存在する日本ならではのワード、考え方です。

やはり挨拶があるお店と言うのは、利用していて心地が良いです。逆に挨拶の無いお店は、サービスや提供する商品、或いは店員の性格に不安が付き纏ってしまい、リピーターになりにくいのが実情です。

一方で、過剰なサービスというのが存在するのも、この国ならではの問題と言えます。先述した通り、格式の高いお店に行くと、挨拶のマナーや気遣いが丁寧なのは取り扱っているサービスの値段相応という点で考えれば理解出来ますが、コンビニ店員やその辺のアパレルショップでもそれを求められているような気がするのです。

 先日私がコンビニで買い物をした際に、店員さんが会計ミスをしてしまいました。私がレシートを見て気がつき指摘したのですが、その後は店員さんが平謝りでした。私が間違いを指摘すると『大変申し訳ございません。』から始まり、何やら会計の訂正が難しいのか、コンビニ奥のヤードから店長さんが出てきて、しばらくレジと睨めっことなってしまったのです。1分経つか経たないか程度で事態は解決したのですが、店長さんは私が車に乗り込むまで『大変申し訳ございませんでした。』と頭を深々と下げ続け、駐車場から出るまで続けていたのです。

 他にも思い出せば、以前パートナーと某回転寿司チェーンに行った際に、食べたお皿の枚数を数える機械の調子が悪くなってしまった事がありました。食べ終わったお皿を入れるポストの様な部分があるのですが、お皿を入れていないにも関わらず、枚数をどんどんカウントされてしまい、2人で60皿以上も寿司を平らげた事になってしまったのです。40皿を超えた辺りで、パートナーが事態に気がつき、店員さんを呼んだのですが、カウントは止まらず、上長の方がヘルプで来ましたが、それでも不具合は解消せず。結局は食べ終わったお皿の枚数が計算が出来ないので、今回のお食事代はサービスしますという結論になり、これまた最初に対応していただいた方と、上長の方と2人に平謝りされながら退店となったのです。ラッキーな出来事といえばそうかも知れませんが、美味しい食事だったとは言えませんでした。

上記の2ケースは、店員さんに明らかな不備や不注意があったとは言い切れません。

 会計のミスも店員さんがわざとやった訳ではありません、ヒューマンエラーというのは誰にでも起こり得ます。まして、研修中やコンビニで勤めだして間も無い可能性だってありましたので、余計に責め立てられません。

 回転寿司でのエピソードも、店員さんには何の不備も無く、機械の不調なので謝る必要はそこまで無かったと言えます。(たまにあるんですよね〜なんて言われると色々大丈夫かなあ…とは思ってしまいますが。)まして、お食事代をタダにするのは過剰なまでの謝罪だと思いました。1000円だけでも払っていけば、後々モヤモヤする事なく退店出来た気がします。

どちらにしても、『そこまで謝らなくても……。』と私は思ってしまいました。

格式の高いお店ならまだしも、コンビニや飲食チェーンにそこまでの丁寧さやサービスを私は求めていません。よくアメリカ映画なんかで、コンビニ店員がガムを噛みながらだとか、スマホを弄りながら接客をしていたりしますが、日本でも基本的にはその程度で良いのでは無いかと時々思うのです。

 他にも、顧客のカスタマイズや、アレルギーなんかに配慮して都度細かいオーダーを提供するカフェの店員なんかも、正直私は見ていて“やりすぎだなぁ”なんて思ってしまいます。

 格式の高くないお店、と言ってしまうと失礼なのですが、コンビニや飲食チェーン、カフェの店員の給料にそれほどのサービスは必要なのでしょうか。と私はどうしても感じてしまうのです。

 恐らくは、そういう意見を持つ方はある程度存在するとは思います。しかし、その声が大きくならないのは、先述した日本人が古来より礼儀作法重んじている部分の主従関係という部分に“お客様と従業員”という、関係性が含まれているからだと思われます。誰しも相手が下手に出てくるのであれば不快では無いはずです。

お互いに気持ち良く会計を済ませるという精神的なサービスがそこには存在しているという事です。


挨拶をしない権利と犠牲

 先ほども書きましたが、私はコンビニや飲食チェーン店に高級ホテルや旅館のような礼儀作法を求めがちな文化に疑問点を抱く事もあります。

そう考えると私も“挨拶をしない自由”という主張に賛同する人間になります。

 しかしその一方で、私の日々の接客業の中で、心のこもっていない形式的な“申し訳ありません”を口にする機会は多々あるのが事実です。

 なぜならば、心の中では相手に中指を立てていようとも“とりあえず”謝罪の言葉を伝えるだけで事が丸く収まるという経験が多かったからです。

 日々の挨拶も同じようなもので、心の内では中指を立てている上司に対しても朝のおはようございますという挨拶をしておけば“とりあえず”はお互いに表面上は気持ちよく職場内で過ごせるのです。

逆にここで挨拶をしない自由・謝罪をしない自由を主張し、行使するとどうなるのでしょうか?

こちら側に非が無くても、相手が不快に思っている場合に謝罪の意を伝えない場合は、事態は深刻化してしまいます。『もっと上の人間を出せ』と言われてしまったり、場合によっては会社全体の問題になり多くの人に迷惑をかけてしまうリスクがあります。

苦手な上司に対しても、日々の挨拶をしないとお互いに不快な気分になってしまいます。その空気感が周囲にも波及して気持ちの良い職場環境とは言えなくなってしまいます。

“挨拶をしない自由”の行使というのは、人間関係の構築において非常にリスキーとも言えるのです。そして、多くの人間は支え合いながら生活や業務をしています。人間関係の構築を蔑ろにするというのは、職場や生活環境内においても自らの孤立を招いてしまい、解雇や除け者にされてしまうリスクも伴うのです。

 今回note記事にした“挨拶をしない自由”の主張を筆頭に、昨今では“多様性”の名の下に様々な主義主張が取り上げられるようになりました。

“多様”というのは、従来は虐げられてきた対象の人々や主張の事です。

 こう言った人々や主張を認めるという活動はこれから先の時代に重要な活動だと思います。しかし、一方でこれらの主張がどうして今までマイノリティだったのか、何故今まで大っぴらにされていない存在だったのかを考える必要も同時に必要なのです。

私自身は保守的な人間だと思います。“多様性”というものを私は直ぐには認める事が出来ません。

“挨拶をしない自由”という話題を聞いた時、私は何を言っているんだと思いました。しかし、礼節の歴史や自らの体験を振り返ると認められる主張だと思える部分も見つけられました。そして“挨拶をしない自由”という主張に伴うリスクや犠牲も同時に見えてきたのです。

 ありとあらゆる“主義主張”というものには“権利”が含まれる反面“犠牲や責任”も出てきます。

“多様性を認める”というのが当たり前の世の中になりつつありますが、それが上辺だけの安易な許容というものではないという事、そして主張する側も権利に伴う犠牲や責任を考えなくてはならないと私は思うのです。


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