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読書熊録

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素敵な本に出会って得た学び、喜びを文章にまとめています
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2020年5月の記事一覧

出口のない場所での生き方ー読書感想#22「漂流」(吉村昭さん)

出口のない場所での生き方ー読書感想#22「漂流」(吉村昭さん)

吉村昭さんの小説「漂流」に引き込まれました。江戸時代、難破して無人島に打ち上げられた水夫の物語。元の世界に戻れない絶望とともにどう生きるかを、吉村さんはレポートのように冷静に記録していく。主人公・長平の送る日々は、出口のない場所での生き方。それはどこかで、現実へのヒントにもなっていく。

作業が命をつなぐ物語は実話に基づいています。現在の高知県の水夫が、無人島で10年余り生き延び、ある方法で生還し

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まだまだ楽しいことはあるー読書感想#21「深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと」

まだまだ楽しいことはあるー読書感想#21「深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと」

スズキナオさん「深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと」は冬場のカイロのような温もりがある。それだけでは冬はしのげないけど、ありがたいし、気持ちが穏やかになる。この本には何気ないことが書いてある。ちっぽけなことが書いてある。それが日常の、人生の喜びなんだと感じさせてくれる。今日も明日も、まだまだ楽しいことはあると思わせてくれる。

ポテチをどうしても食べたい人ナオさんはライターで、本書には

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ヤバいが日常を照らすー読書感想#20「ハイパーハードボイルドグルメリポート」

ヤバいが日常を照らすー読書感想#20「ハイパーハードボイルドグルメリポート」

上出遼平さん「ハイパーハードボイルドグルメリポート」は読みやすいのに重厚でした。同名のグルメ番組(という名のドキュメンタリー)のディレクターさんが、裏話を詰め込んだノンフィクション。本書を「単なる書籍版ではなく終着駅」として最初から書くつもりだった、という上出さんの言葉に偽りはない。番組で放送できなかった話じゃなく、収まりきらなかった話がたっぷり。映像同様、「ヤバい奴らのヤバい飯」が、自分たちの日

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民主主義を破壊する無知礼賛ー読書感想#19「専門知は、もういらないのか」

民主主義を破壊する無知礼賛ー読書感想#19「専門知は、もういらないのか」

「専門知は、もういらないのか 無知礼賛と民主主義」は学ぶことだらけでした。本書で登場する「歪んだ反知性主義を持った市民」は自分のことではないか、と嫌になる。著者のトム・ニコルズさん自身、ロシア政治や軍事分野の専門家。だけど本書は、軽んじられた専門家の皮肉や、エリート主義の垂れ流しでは断じてない。主張は「専門知を嘲笑う『全ての意見は平等だ』主義は民主主義を破壊する」という本質的なものでした。

分業

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自分のかたちを探してー読書感想#18「シングルファーザーの年下彼氏の子ども2人と格闘しまくって考えた『家族とは何なのか問題』のこと」

自分のかたちを探してー読書感想#18「シングルファーザーの年下彼氏の子ども2人と格闘しまくって考えた『家族とは何なのか問題』のこと」

タイトルでもう優勝。花田菜々子さん「シングルファーザーの年下彼氏の子ども2人と格闘しまくって考えた『家族とは何なのか問題』のこと」が面白すぎて、一気読みしました。家族の話であり、人生の話。人となじめないとか、「普通」と違うことに悩む人にはきっと刺さる。これは「自分のかたち」を探す物語。

欠けてるのではなく完結してるあらすじはタイトル通り。花田さんが「彼氏」として付き合うことになった男性トンさんに

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自らの足で戻ってくるものー読書感想# 17「猫を棄てる」

村上春樹さん「猫を棄てる」は非常に短い。でも、読後に残るものは重たい。村上さんと、長年溝があった父親のこと。本作を書くことは気が進まなかったのではないかと思う。でも書かずにはいられなかったのかもしれないと思う。それはちょうど、モチーフに挙げられている「棄てられたはずの猫」に似ている。人がその身に宿さざるを得ない「歴史」は、自らの足で戻ってくる。

猫とは「和解」である本書は父親について村上さんが語

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あなたさえいればー読書感想#16「我々の恋愛」

あなたさえいればー読書感想#16「我々の恋愛」

いとうせいこうさん「我々の恋愛」は、心に滲み入る恋愛小説でした。「恋愛学者」なる人たちでつくる国際会議が、ある男女の物語をレポートするという形式で物語は進む。学者によっては視点も違うし、一人称か三人称か、文体も違う。そうやってある恋愛を「我々の恋愛」にしていくんだけれども、本当に大切なものは結局「二人だけ」のものにしかなり得ない。あなたさえいれば、それでいい。そんな恋愛の結晶が浮かび上がってきまし

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困難な状況で任務を果たすー読書感想#15「ルワンダ中央銀行総裁日記」

困難な状況で任務を果たすー読書感想#15「ルワンダ中央銀行総裁日記」

服部正也さん「ルワンダ中央銀行総裁日記」を読み終えると、背筋が伸びる思いがしました。日銀の熟練銀行マンだった服部さんが1965年、当時アフリカ最貧国だったルワンダの中央銀行総裁に出向を命じられ、経済再建に奮闘した日々を振り返る。本書には「困難な状況で、自分の任務をどう果たすか」という学びがつまっている。服部さんは実務家に徹した。現実を見つめ、誇りを持ち、努力を積み重ねた。灯火が移されるように、気力

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反学校文化の力ー読書感想#14「ハマータウンの野郎ども」

反学校文化の力ー読書感想#14「ハマータウンの野郎ども」

イギリスの「不良学生」が将来、肉体労働に従事するケースが多いのはなぜなのか?ーこの疑問を、自ら不良学生の輪に入り、人類学的手法で考察したポール・ウィリスさんの「ハマータウンの野郎ども」が知的好奇心をそそられました。本書で解き明かされるのは、不良が「反学校文化」と言えるカルチャーを構築し、それが「労働者文化」に接続していること。頭と心を両方使いながら、文化の中に入って考察していくウィリスさんの姿勢が

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日本にSFを根付かせた編集者ー読書感想#13「未踏の時代」

日本にSFを根付かせた編集者ー読書感想#13「未踏の時代」

SFが取るに足らない空想だと馬鹿にされた時代に、それでも日本にSFを根付かせた編集者がいた。福島正実さん。本書「未踏の時代」は、福島さんが1976年に亡くなる直前まで取り組み、未完のまま終わった回顧録です。迸る情熱にエネルギーをもらう。そして福島さんが考えるSFの理想像は、今も色あせることなく、考えさせられるものでした。

現実しか見えなかった時代福島さんは1957年、早川書房で「ハヤカワ・SF・

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