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ヤバいが日常を照らすー読書感想#20「ハイパーハードボイルドグルメリポート」

上出遼平さん「ハイパーハードボイルドグルメリポート」は読みやすいのに重厚でした。同名のグルメ番組(という名のドキュメンタリー)のディレクターさんが、裏話を詰め込んだノンフィクション。本書を「単なる書籍版ではなく終着駅」として最初から書くつもりだった、という上出さんの言葉に偽りはない。番組で放送できなかった話じゃなく、収まりきらなかった話がたっぷり。映像同様、「ヤバい奴らのヤバい飯」が、自分たちの日常を照らし、地続きに見えてくる。


本も番組もどっちもヤバい

ハイパーハードボイルドグルメリポートの番組を見てから本書を開くと「あの場面場にはこういう背景があったのか」と驚きが増幅する。

たとえばロシア編。番組では、現地の案内人マガメット氏に連れられて、明らかにドラッグの販売をやってるし何ならその場で吸ってそうな若者たちの元へ突撃し、彼らの飯を紹介した。書籍では、なんとマガメット氏が警察官だったことが明かされる。警察官が犯罪の疑いが非常に濃い人物をテレビディレクターに紹介して、映像を撮らせていた。これ自体、ヤバい話だ。

マガメット氏はその理由を上出さんにこう語る。

 「例えば今日みたいに、奴らに取材協力させる。そうすれば俺は撮影コーディネーターとして稼げる。使い物にならなくなった奴は逮捕する。そのときは俺じゃなくて同僚の警察官に逮捕させるんだ。そうすれば俺が恨まれることはない。刑期を終えて出所したときに、守りきれなかったと言ってやればもう一度そいつらは俺を頼ってくる」
 それが彼の説明だった。この男こそ悪人じゃないか。僕は正直にそう思った。(p294)

上出さんに同感だ。むちゃくちゃなヤバい奴じゃないか。

初回放送のリベリア編もヤバい。番組の目玉は内戦を経験した元少年兵(少女兵)の飯だった。本書によると、上出さんは家のない兵士が溜まり場にする墓地で元少女兵ラフテーに出会う前に、他に2カ所の溜まり場へ行っている。しかも片方では目の前でブンブン牛刀を振り回す男と対峙したりしている。さらに驚くのは、3カ所のうち最も危険だとされていたのが、放送で登場した墓地だったこと。ヤバいオブヤバいが放送されていたことが分かる。

本書はこうやって、放送したヤバい話にさらにヤバい話を上乗せしていく。残りカスを文字にしたのではないし、放送がナアナアだったわけでもない。どっちもヤバいことが確かめられる中身になっている。


ヤバさと平凡さは表裏一体

「読むドキュメンタリー番組」としての楽しみに加えて、上出さんの生の言葉に出会えるのが本書のポイント。いったいどんな思いで、こんな「グルメ番組」を作ったか。ストレートに表現されている。たとえばこんなパンチライン。

 この番組は”ヤバい人たち”の飯を見せてもらうことを旨としている。
 極端にヤバい人たちについて考えることは、極端に平凡な我々について考えることと表裏一体だ。ヤバさを見つめれば、普通が見えてくる。生について考えるには死が必要であり、裏がなければ表も存在しない。異常を見つめなければ通常は見出せず、それはいつくるりと転換するかわからない。(p147)

この「ヤバさと平凡」が「いつくるりと転換するかわからない」という視点が、たしかにハイパーハードボイルドグルメリポートを面白くしているんだよなと膝を打った。

番組を見ていると、最初は「別世界」としか思えない。人を食ったことがある元兵士。嬉々として教義を語るカルト的な新興宗教信者。でも、彼らが飯を食う瞬間はめちゃくちゃ美味しそう。普段、誰かと美味しいものを食べた時の、にんまりとした表情。あれとおんなじ顔が、画面の向こうにある。それはあまりに「平凡」だ。

ヤバいってなんだ?ヤバい人をヤバいって思ってしまう自分たちの普通ってなんだ?飯は一瞬で、明快に、不可逆に、当たり前を突き崩す。

たぶん本書を読んでから番組を視聴しても、面白さは全く損なわれない。「よくこんなの映像に出来たな」と驚きが新たになる。本書と番組もまた表裏一体なのは間違いない。(朝日新聞出版、2020年3月20日初版)


次におすすめする本は

角幡唯介さん「空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む」(集英社文庫)です。文字通り、未知の峡谷に挑んだ冒険譚。ハイパーハードボイルドグルメリポート同様、予定調和にならない、なり得ない現実の物語が記されています。


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