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困難な状況で任務を果たすー読書感想#15「ルワンダ中央銀行総裁日記」

服部正也さん「ルワンダ中央銀行総裁日記」を読み終えると、背筋が伸びる思いがしました。日銀の熟練銀行マンだった服部さんが1965年、当時アフリカ最貧国だったルワンダの中央銀行総裁に出向を命じられ、経済再建に奮闘した日々を振り返る。本書には「困難な状況で、自分の任務をどう果たすか」という学びがつまっている。服部さんは実務家に徹した。現実を見つめ、誇りを持ち、努力を積み重ねた。灯火が移されるように、気力が湧いてくる一冊です。


大統領との対話

服部さんの凄みがよく伝わってきたのは、ルワンダ大統領との対話シーン。中央銀行総裁に就任直後、問題になっていたのは通貨の切り下げだった。しかし大統領は外国人顧問からのアドバイスを聞いても、切り下げが本当にルワンダのためになるか分からない。そこで、服部さんに直接意見を請うた。

そこで服部さんは、平易な言葉で大統領に語りかけた。

 大統領「総裁、あなたはそういうけれども、先日私の顧問があまりうるさく切下げ切下げというので、私が途上国では政治優先だといったら、閣下が門番に屋根に飛び上れといってもそれは不可能でしょう、いくら政治優先といっても技術的に不可能なことがありますと口答えした。総裁ならこれになんと答えますか」
 服部「それは顧問が間違っています。達成すべき目的、つまり政治は門番を屋根にのせることです。この方法が技術で、梯子で上るか、飛び上るか、ヘリコプターで上げるか、木に登って飛びうつるかは技術なのです」(p42)

「門番を屋根に飛び乗らせようとしても無理なように、政治にも技術的に不可能なことがある」という外国人顧問の言説を「門番を屋根にのせることが政治で、梯子を使うかヘリを使うかが技術だ」とひっくり返す。顧問の言葉に困惑した大統領に寄り添い、前提を維持したままでうまく修正する。

服部さんの優しさ、頭の回転、そして「達成すべき目的が最上で、そのための技術であるべきだ」という根本指針。全てに感銘を受けるし、一瞬でそれを言語化できることがすごいなあと思いました。


現実を理解しようと見る

さらに敬意を抱いたのは、現実を現実として理解しようとするその眼差しです。上から目線にならず、立場の近い外国人有識者の言説に左右されず、きちんとルワンダという国に分け入っていこうとしている。

外国人顧問は口を開けば、ルワンダの政治家や官僚が仕事に無関心で、怠惰であると嘆いていた。しかし服部さんは「それは本当なのか」と立ち止まり、鵜呑みにしない。ある日、農林大臣のケサベラ氏と話す機会があった。

ケサベラ大臣は「外国人顧問が農民に綿花を育てるよう政策を打ち出すべきだと進言してきて困っている」と語る。なぜなら綿花を植えても、今育てているコメの収益を大きく下回るから。「外国人顧問は綿花を輸出すれば外貨を獲得できるというが、そのために農民の収入を損なうことはできない」と。服部さんは得心しました。

 この話を契機として私は、ルワンダの大臣たちの態度が理解できるようになった。彼らは政府の仕事に無関心なのではない。彼らはルワンダ人の利益にじつは専心しており、ただルワンダの対外面、近代化された面を外国人顧問に委ねているにすぎない。外国人顧問にとってはルワンダの対外的な面、近代化された面だけが政府の仕事でありルワンダ農民のことは関心外であるから、大臣は政府の仕事に無関心であると映るのである。(p129)

服部さんは、大臣は「ルワンダ人の利益」に「専心」していると見抜いた。一方で外国人顧問はルワンダ人の利益を関心外においている。それでいて、顧問の最優先事項である対外的な政策、近代化を大臣が最優先にしないから「怠けている」と断罪していると。

これは外国人顧問の否定ではないし、ルワンダ人大臣の手放しの称揚ではない。現実のすれ違いをどうすれば明快に説明できるか、分析したというのが正確です。正しい分析の枠組みを持てること、そのために「現場」「当事者」にちゃんと向き合っている。ここにも明晰さが表れています。


歴史家ではなくて実務家なのだ

この芯の強さはどこから生まれているのか?それは、「実務家」としての矜恃。

まったく機能していないルワンダ商業銀行の改革に乗り出したとき。専務で、ランベール銀行の総支配人とワシントンで面会することになった。総支配人は「商業銀行に干渉するなんて前総裁のときにはなかった」と文句を言う。服部さんは次のような言葉を返します。

まず前任者がどのようなことをやったかは、私にはまったく興味のないことだ。また今行われていることのいきさつなども、私はまったく興味がない。私は歴史家ではなくて実務家なのだ。そして私はルワンダの破綻に瀕した財政金融を建直すためにルワンダにきたのだ。そのためには現状を打破することが必要で、現状是認は私の任務に反するのだ。(p101-102)

私は歴史家ではなくて実務家なのだ。服部さんの信条が見えました。

実務家が拠り所にするのは「任務」である。その任務を、服部さんは破綻に瀕した財政金融を建て直すことに定める。そのために必要なことをする。逆に不要なことは見向きもしない。前任者の評価や、業績や、破綻した現状を追認するような言い訳にはいっさい、関心がないと言い切る。

実務家であることを誇るからこそ、大統領とも虚心坦懐に話し合える。ルワンダ人大臣の働きを正当に評価できる。そうでなければ、任務を果たせないと確信しているからでしょう。

自分の任務はなんだろうと問うてみる。それに対して邁進する。すると、困難な状況が、押し潰されそうな周囲のプレッシャーが、後景に退いていくのかもしれません。(中公新書、1972年6月25日初版)


次におすすめする本は

黒崎真さん「マーティン・ルーサー・キング 非暴力の闘士」(岩波新書)です。偉人としてあまりにも有名なキング氏。本書を読むと、人徳に見えた寛大さを「あえて」身につけたことが分かります。キング氏にとって公民権運動の指導者は「任務」だったんじゃないかと思えます。


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