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よそじの台所から【夏休みの食事 と 夏休みのこと】

夫なし。子は独立。
アレルギー対策に 油をやめ、お肉、乳製品、卵、小麦粉、お米や砂糖を減らした食生活。
「家族のためのご飯」を卒業した40代。主に自炊の記録 と 自分を観察する日記。

8月11日から15日まで、お盆休みでした。
このnoteは職場で書いているため(コラッ)、更新することもなく。
毎年恒例ですが、実家に帰る and 娘家族が訪問してくる、という習慣もなく約束もない。
だから誰とも会う予定がないまま突入した休み。
娘が家を出て5年?そうして始まり、そうして終わることにも慣れました。

慣れる・・というのは、過度な期待もなければ、その反動の落ち込みもない。という状態。
「誰かに会わなければ」とか「どこかに行かなければ」とか「何かしなければ」が何もない状態。
それは「ま、明日起きたら考えればいいか。」の連続。
この気楽さを、わたしはずっと知らなかったなぁ。

知らないどころか「何もしないこと」を恐怖とさえ思っていたんだから
10年前のわたしや20年前のわたしが、今のわたしを見たら驚くんじゃないかな。
かといって忙しくしていたのは「ねばならぬ」の思考のみ。
身体は動かず、だからこそ「何もしない」ことが罪悪感をうむ。(しかも実際にはいろいろしているのに、生活のことは「していること」にカウントしない不思議。)

朝は気分でパン屋のイートインでモーニングを食べ読書。電車で2駅の「街」のマーケットへ食材を買いに行き、帰ってきたら動画三昧。
そんな日もあれば、読書をしたりカーテンやシーツを洗濯したり。
やたらと観葉植物を観察したり。
時間がたっぷりあるわりに料理をさぼって、外食も多かった(画像のないものあり)。
振り返ると「1度も魚を食べなかった!」と思ったものの、↓ でしっかり証拠があがっている。
記憶というやつは、なんともいいかげんなものだ。
そういうものに人は大幅の信頼を置いているのだから恐ろしい。

↑ の白い皿、左上にのっているのは、スイカの皮の甘酢漬け。
按田餃子のyoutubeを見て作ってみたもの。(レシピはネットから適当に)
そんなこんなの夏休み。
もう書くことがない。わははー。
いや、あったあった
この夏休み唯一のイベント。

渋谷東急Bunkamuraで開催の「かこさとし展」へ出かけた。
実はこれはこの休みに出掛ける予定ではなく・・どこかの金曜日の夜、仕事帰りに・・と考えていたのです。
だって夏休みなんて子供連れで混雑することは予想できていたし、静かにゆっくり観たいと思っていたのです。
それでこの展示の存在を知った時に、某フリマアプリでチケット割引券を購入し

タイミングを見ていたのですが。
ある「ま、明日起きたら考えればいいか。」の翌日急に「今日行くかー。」と思い立ったのがなんとまさかの日曜日。
そりゃ迷いましたけれども・・深く考えるのはやめにして、久しぶりの渋谷へ向かい、寄り道もせず会場へ直行。
受け付けでチケットを見せると「ご予約は・・?」と言う。

「え、あ、予約を知らずに来てしまいました!」
そりゃそうかー!!やってしまったー。。
がしかし「この時間で先ほどキャンセルの方がいましたので、すぐにご案内できます。」という奇跡!
案の定日曜昼間の展示会場は家族連れでてんやわんや。
それこそみんなが「からすの家族」に見えるような賑わい。

わたしは、かこさとしさんの 絵本「からすのパンやさん」が大好きでした。
理由はしっかりとあります。
わたしは小さい頃自分のことを「ちょこちゃん」と呼んでいました。
それは、わたしの名前をうまく呼ぶことができなかった年子の姉が「ちょこちゃん」呼んでいたからです。
この絵本には4人の赤ちゃんからすが登場します。

赤ちゃんの体は黒色ではなく、白、黄、赤、茶、それぞれ違った色をしていたのです。からすの夫婦は
白色のからすにはオモチちゃん。黄色のからすにはレモンちゃん。赤色のからすにはリンゴちゃん。茶色のからすにはチョコちゃん。と名付けました。

それでこの絵本が大好きだったわけです。

久しぶりに見た「からすのパンやさん」の絵本。
「あー、こんなページあったあった!」と、懐かしさで心がまぁるく膨らんだような・・そんな気持になりました。
その後「せっかく渋谷まで来たのだから」と代々木上原まで30分ほど歩き、按田餃子へ。(noteのフォロワーさんを誘おうか真剣に迷った。。)
15時か16時くらいになっていたけれど、ひとりだけ並んでいたのでそのあとにつき、10分ほど待つと店内へ案内されました。

あまり頻繁に出掛けられる距離ではないので「次に行ったら何を食べよう」というシュミレーションを何度も重ねた末のこの日

鶏 白菜と生姜の水餃子
金針菜と海藻の和え物
一杯麵
を頂きました。(ほんとうは複数人でもっといろいろなものをシェアして食べたい。)

飲食店の店員さんてものすごく大変な仕事だと思うんだけど(わたしがやってみて、余裕が持てなかった経験から)、この店の店員さんはみんなとっても気持ちが良いのです。
店員さん同士の会話からも、優しさみたいなものが汲み取れて「都会のしゃれた飲食店」なのに居心地が良い店だなぁと思うのです。
と、いうのは「都会のしゃれた飲食店」に対する、わたしの中の偏見・・だな。と書いて気付く。

と、夏休み唯一のイベントごとを書いてしまったので、他にかくことがない。が、書くスペースがまだある・・。
といっても何もしていなかったわけではないのだから、ひねり出してみよう。

そう、ずっと作りたかったものにようやく着手した。
それは「シャツ」
実を書きますとわたくし、今はなき「円型校舎」(学校自体は存続)で有名だった服飾専門学校卒業なのです。
が!!(その質問、早まらないで!!)

ここいちばん大事。
何せ「作る科」ではなかったので、ミシンも大っ嫌いだし、型紙だってひけませんし、もちろんなにも作れません!!(故に服飾専門学校卒、ということはなるべく秘めております。)
もちろん、少ないなりに物作りの授業はありました。が、ほぼ友人任せ。
卒業式には先生に「ibitsuさん、あなたあと1回遅刻してたら留年だったのよ!先生びっくりしちゃった!」と言われたほど、不真面目な生徒でした。

その後商品企画としてアパレル(インナーウェアの会社)に入社しましたが、工場への指示は服作りができなくてもきたわけでして・・・。

がしかしですね。わたしは「シャツ」主に布帛(織ってできた生地のこと)
のシャツが大好きで、もう何年も「作ってみたい」(欲しい形のシャツがない!)と思ってきたわけなのです。
それでこのところトートバックなんかを縫ってミシンの練習をしていたわけです。

でもねぇ、さすがにねぇ

その練習とやら、いつまでするんだよ!ってことでして。
この休みは動画やネットで研究(妄想)したり、日暮里に生地を買いに行ったり、見よう見まねで型紙をひいたりしていました。

書いたからには、や、や、やるきゃない!
「野良猫ガッツでがんばろー!」←なぜか唐突に大映ドラマ『少女に何が起ったか』より。


自分ですら読み返すのが面倒くさい!というくらい長くなってしまったのに
最後までお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字、その他もろもろ「なんとなく」でお読みいただけると幸いです。



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