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創作、小説

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部屋と××××と私。

部屋と××××と私。

一人暮らしの部屋に、ヤツが出た。

ヤツというのは、黒い虫のことだ。動く触覚と前足だけでわかるのだから、ヤツはすごい。
私、二十三歳。「女はクリスマスケーキ」というのなら、まだ小麦粉と牛乳みたいなもんだ。この手でなにができよう。

無力な私は、武器を調達しに行くことにした。ヤツに気づかれぬよう、台所と廊下の電気はつけたまま、部屋を出る。

いつから、いたのだろう。悲しい。ヤツに食べログで五つ星をと

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あの娘のマスク

あの娘のマスク

俺が幼いころから、女はみんな、常にマスクをつけていた。
理由はわからないが、夏も冬も、水泳でもマラソンでも、女の口元は布に覆われている。飲食も、男女は別にしなければいけない。うわさによると、銭湯でも外さないらしい。母親や妹であっても、素顔を見たのは一度か二度。
だから男たちは、なかなか見られない女の素顔を、日夜「目にしたい」と焦がれていた。
かわいい子が前を通れば、マスクの下を想像する。彼女ができ

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手をつなぎたいだけなのに。

手をつなぎたいだけなのに。

かれこれ二十分くらい、彼を叩いている。

私と並んで歩く彼は、叩かれていることすら気づいていないのだろう。

「告白のチャンス!」と言われる三回目のデートで、驚くほどなにもなかった。

脈がないのか、私には判定できない。

「年下は苦手だったけど、アミさんは話しやすい」とか「僕の初恋の相手とも言える、漫画のキャラに似てる」とか、言ってくれるし。

というわけで、友人の恋愛マスターに相談したところ。

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きみいろ

きみいろ

 今日のマイコはピンクのジャンパースカートに、パフスリーブのブラウスを合わせている。スカートはパニエでふくらんでいて、栗色の姫カットはツインテール。歩くたびにゆれるのが、とてもかわいい。

「リカさんは、お休みなのにそんなカッコしてるの」
 仕事のことを考えると、自然とクローゼットには、オフィスカジュアルに使えるものが増えていく。恋人といっても女同士だし、そんなに飾らなくてもいいかな、と思ってしま

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ああ、こうふくだ。

ああ、こうふくだ。

 私の父は、運動会前日に冷蔵庫のエビフライを食べてしまうような人だった。母が怒り、父はうろたえるが逆ギレする。そんな騒動のタネになった食べものが、今までいくつあっただろう。
 だから私と弟は、冷蔵庫にあるプリンやアイスを「これは食べていいの?」と訊いてから口にするようになった。母はそれをちょっと嘆き、父は遠慮なく自分のぶんを出して食べていた。

 久しぶりに帰ったら、また母が怒っている。
「だって

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