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部屋と××××と私。

一人暮らしの部屋に、ヤツが出た。


ヤツというのは、黒い虫のことだ。動く触覚と前足だけでわかるのだから、ヤツはすごい。
私、二十三歳。「女はクリスマスケーキ」というのなら、まだ小麦粉と牛乳みたいなもんだ。この手でなにができよう。

無力な私は、武器を調達しに行くことにした。ヤツに気づかれぬよう、台所と廊下の電気はつけたまま、部屋を出る。

いつから、いたのだろう。悲しい。ヤツに食べログで五つ星をとつけられているようなものだ。ちっともうれしくない。
今まで見なかった方が、奇跡なのだろうか。一人暮らしの部屋に、ヤツあり。いや、人間のいるところに、ヤツありと言われてきたようなものだろう。

と考えているうちに、コンビニについた。

なんてことだ。武器らしきものがない。なにがコンビニエンスだ。店を出る。


しかたない、ドラッグストアだ。思ったより、道は長くなった。

全神経が、過敏になっている。どこかでヤツの仲間が見ているような気がして、道行く人全員が信じられない。

もしかしてすでに、ヤツは私の部屋で家庭なんぞ築いているのだろうか? 一匹見たらなんとやら、という話を耳にしたことがある。

ふざけないでくれ、まだ男を上げたこともない部屋で、誰の許可を得て家族になっているんだ。とんだ万引き家族だ。


ドラッグストアには、ヤツをしとめるための武器がいくつもあった。いや、ありすぎて、どれがいいのか迷う。
「ヤツが動かなくなるスプレー」なるものを見つけた。しかし、動かなくなったヤツをどうしたらいいのだ。この手ではなにもできないから、ここまで調達に来ているんじゃないか。優しくしてくれ、はじめてなんだ。

結局いわゆる「ホイホイ」というやつと、「ハーブの力でヤツを引き寄せない」といううたい文句のものを買った。

このご時世だというのに、エコバッグを忘れた。抱えて帰ろうと思ったが、道行く人全員に「夜中にヤツが出て武器を調達に来た人」だと思われてしまう。「お母さん、あれ!」「しっ、見るんじゃありません!」ってやつだ。

一番小さい袋と武器を買う。店員の顔にも「お母さん、あれ!」と書いてある。もう仕方ない。勝利は目の前だ。


ところで私は、部屋と廊下を仕切る戸は閉めてきただろうか。
もし部屋に入ってきていたら、ヤツと眠ることになる。もうダメだ、私の負け。

あんなに小さな身体で、こんなにも人間を困らせているのだから、ヤツはすごい。しかもものすごい長い間進化もせず、ヤツはヤツのままらしいじゃないか。もはやヤツの世界に、人間が住んでいるのかもしれない、とすら思えてくる。

帰り道、足が重い。ついさっきまで、マイスイートルームだったのに。もうヤツがいるというだけで、こんなにも帰りたくない場所になるなんて。

まるで頑固親父がいる家に、朝帰りする女子高生のようだ。知らないけど。パパとママにも知らせとこう、明日の外泊。

ところであの歌って、高校生が外泊する歌だけど、彼の実家にはさすがに泊まれないよな。一人暮らしなのかな。彼は大学生とか。仕送りしてもらってるのに、セーラー服の女子高生無断外泊させてたら、親泣くよな。


なんて考えていたら、もうアパート。階段を上がって、二〇三号室のドアの前まで。ああ、ヤツが「おかえりなさい」と言わんばかりに出迎えていたら、どうしよう。いや、私には武器がある。取り戻すんだ、日常を、平穏を、マイスイートルームを。鍵を開け、ドアノブに手をかける。いち、に、さん……。



部屋とゴキブリと私

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