手をつなぎたいだけなのに。
かれこれ二十分くらい、彼を叩いている。
私と並んで歩く彼は、叩かれていることすら気づいていないのだろう。
「告白のチャンス!」と言われる三回目のデートで、驚くほどなにもなかった。
脈がないのか、私には判定できない。
「年下は苦手だったけど、アミさんは話しやすい」とか「僕の初恋の相手とも言える、漫画のキャラに似てる」とか、言ってくれるし。
というわけで、友人の恋愛マスターに相談したところ。
「いや、もう告れよ」
肉食女子は強火だ。草食というか、恋愛経験ゼロの私にはまぶしすぎる。
「無理だよ。この前『そんなに緊張しなくていいのに』って言われたばっかりの女が、急に告白とか」
「じゃあ次は、手ぇつなぐの目標にしよ」
恋愛マスター曰く、自然に手と手が触れた感じでコツコツ叩いていると、相手が気づいて手を握ってくれるらしい。
というわけで、私は彼を叩き続けている。
「ねぇ」
どきり。やっぱり不自然すぎて気づかれた?
「あそこ、猫がいるよ」
「猫?」
「あ、ビニール袋だった。あはは」
のんびりした声。彼はいつもこう。なにを考えているのか、よくわからない。
「猫、好きなんですね」
「うん、好き」
ねぇ、じゃあ、私は?
デートコースは、夜ごはんを食べてから、周辺を散歩するのが定番。
「最初のうちは、昼にあった方がいいんじゃない?」
「仕事が忙しいんだって」
「あぶないと思うなぁ。アタシは夜に会った男、全員あぶなかったし……。あ、でも、いかにもオクテの国の皇子みたいなやつは、唯一なんもなかったなぁ」
彼も、オクテの国出身?
「前、彼女いたって言ってたよ。四人くらい」
「いやぁ、男は多めに言うよ。アタシは少なく言うけど」
オクテじゃなくて、私に興味ないだけだったらどうしよう?とは言えなかった。
コツコツは、もはやグリグリになっている。私自身、手が痛い。
「いやぁ、今日さむくない?」
じゃあ、手、つなぐとかどうよ。
グリグリ、ゴンゴン。もう、やけになっていた。
「あ」
よし、気づいたか?
「ねぇ、自販機あるよ。なんか買おう」
最初の印象は、メッセージをくれたなかの一人って感じで、特別な思いはなくて。
けれどなんとなくメッセージが続いて、「気があうのかもな」と思っていたら、むこうから「会いませんか?」と言ってくれた。
思ったより声と雰囲気がやわらかい人。
緊張してあんまり話せなかったけど、二回目の約束をしてくれた。だけど二回目も三回目も、うまくいかない。
彼はやさしくて、どんどん好きになるのに、なにも進まない。
こんな私より、かわいい人はたくさんいるだろうし。三回会ってもうまく話せなくて、コスパ悪すぎると思うし。
いつもおなじテンションで、なに考えてるかわからないし。
私のこと、別に好きじゃないんじゃない?
「うぎゃあ」
とつぜん、首があたたかくなった。彼の手だ。
「ココアでよかった?アミさん、ココアっぽいから」
あたたかさの正体は、ココアの缶。ココアっぽいってなんだろう。暖をとっているのか、手のなかで缶をころころ動かしている。
「はい、もっとあたためておいたよ」
彼は両手に持ったまま、缶を渡す。
もうココアっぽいとか、私のこと好きとかそうじゃないとか、どうでもいいから、手がつなぎたいんですけど。
さっきまで彼を叩いていた手で、ココアごと彼の手を包む。
「あ、アミさん、手あったかいね」
彼の手は、缶に触れていない面だけ、氷のように冷たい。
「さっきさ、すっごい手、グリグリしてきたでしょ。俺の手、穴空いちゃうかと思った」
「え」
気づいてたなら、言えよ。
「なんか言いたいことあるなら、言ってみ?」
ううん、お互いさまかな。
優しい目が、こちらを見つめる。私は苦手なのだが、彼は長いこと人と目をあわせていても平気らしい。
「タクミさんと、手がつなぎたかったんですよ」
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