#18 不器用な人生についての愛を語る
人が感情を捨てたら、それは人と呼べるのだろうか。
この文章を書いているとき、ほんの少しわたしはお酒を体内に入れている。お酒は、本当に良い面と悪い面両方を兼ね備えている。時には、日常の中で刺さった棘を、あたかもなかったかのようにカモフラージュしてくれる。度を越すと、誰かを傷つけてしまう口実にもなる。そして棘はあくまで消えたように見えているだけで、実際には消えて無くなってはいないのだ。
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生活と主人公
顔を真っ赤にした友人が言う。さっきから同じことを何度も繰り返している。そう、だから我々は自分が思う通り生きることができるんだよ。結末がどうなるかはそりゃわからんですよ。悲劇かもしれないし、喜劇かもしれん。最後棺に入るまで、誰にもわからんわけです。でもいいじゃない、みんな主人公なんだから。
胸が時折ズキンと痛むことがある。なんてことないタイミングで。なんだか今日はしんどいなあと思っていると、だいたい悪いことは行列をなして私に立ち向かってくる。なんだろうね、これも小説でよくあるような起承転結の小さな「転」なのかな。
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最高の人生の見つけ方
いつだったか、ちょうど一年が始まる頃に一本の映画を見た。邦題だと、『最高の人生の見つけ方』。余命宣告をされた二人の男性が、死ぬ前にやりたいことを実現するため、旅に出るという話である。ロマンティックなシーンが一切出てこない、心温まる映画だ。
いいなぁ、なんていい表情をするんだろうなぁと思いながら映画を観ていた。彼らは「Bucket List(バケツリスト)」なるものを作って、彼らが死ぬまでにやりたいことを一つずつこなしていく。彼らは死を目の前にしているにも関わらず、常に前を向いていた。その姿が、眩しかった。
電車に乗っていると、死んだ魚の目とも表現できるような活気を失った人の姿を見かけることがある。彼らの姿を見ていると、大丈夫かなと他人事ながら妙にソワソワしてしまう。
きっと彼らは、どこか毎日を生きることに苦痛を感じている人たちだ。理由はわからない。だけど、彼らからしてみればのっぴきならない事情があって、それと直面することにひたすら怯えている。
わたし自身もいつぞやかそんな目をして、ただ日々を過ごしていたかも知れないと思うとゾッとする。慣れないことに足りない頭をぐるぐると回して、必死にままならない現状に足掻こうとしていた。でも、残念ながらどう立ち回ってもうまくいかないことは一定数存在しているのだ。
社会人になって、決して立ち向かえない壁があることを知った。
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どうしても生きてる
唐突だが、朝井リョウさんの観察眼は人並みならぬものがあると思っていて。映画化もされた『桐島、部活やめるってよ』はまだ未読なのだが、その他の作品はことあるごとに目を通している。
今回たまたま図書館を訪れたら、『どうしても生きてる』という本が返却されていて思わず手に取ってしまった。これがまた、実に暗い短編集なのだ。正直言って、終わり方も唐突だし主人公たちは多分このまま救われない形で終わるんだろうな、という結末が想像できてしまう。
ああ、すごいな。こんなにも閉塞感にがんじがらめにされた登場人物を描いてしまう筆者に嫉妬さえ覚えてしまった。鬱屈を抱え、生きることやこの世界で息をすることに対して苦しみを抱えている人たち。でも、不思議とそこには、蜘蛛の糸のように細く垂れ流された救いの影がチラチラと散らついているのだ。逆説的でありながらも、そこでホッと息をつく。
ままならない世界の中で、生活をしているわたしたち。どんなに綿密にライフプランを用意したところで、それが無事に完遂できる保証なんてどこにもない。人生の中では、うまくいかないことなんて五万とあって、そこに「諦め」というエッセンスを加えることでなんとかバランスを保っている。
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「ねえ、君はさ生きていると苦しくなることないの?」
「え、そんなのあることはあるけど、関係ないでしょう?自分の物語の中においては、そりゃ波乱巻き起こることもあるだろうけどさ。そうじゃないと、人生つまらんでしょ。みんな、自分という『物語』を語るために生きているんだから。何も刺激がなくて面白くなけりゃ、誰も観客は喜びやしないよ」
愛しているんだよ、今の暮らしを。どうにも、思い通りにならないこの生活をさ。とりあえず何事も前向きに捉えれば、たとえ辛いことがあったとしてもこの先逆転劇が待ち受けているのがわかるでしょ。
影は迫る。それでも、ただひたすら逃げ続けて、多少不自由ながらも明るい光差す道の方角を目指している。
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自分の中に宿る原動力を失いたくなくて、年初めにはこの一年やりたいことを「Bucket List」としてまとめた。日々、小さな目標に向けて走っている。今の自分の生活に親しみを込めて、少しでも人生がひっくり返るようなものを探すだけだ。渦の中に巻き込まれないようにして。
故にわたしは真摯に愛を語る
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