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エガオが笑う時

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2023年11月の記事一覧

エガオが笑う時 第10話 一緒に帰ろう(3)

エガオが笑う時 第10話 一緒に帰ろう(3)

 カゲロウをカゲロウと認識した瞬間、私の身体は勝手に動いた。
 左腕が彼の首筋に周り、頬が彼の熱い胸板に飛び込む。
 口が勝手に言葉を紡ぎ出す。
「カゲロウ・・・カゲロウ・・!」
 そして次に飛び出した自分の言葉に私は驚く。
「会いたかったです・・」
 それはまるで子どもが甘える時のような幼く拙い言葉だった。
 カゲロウは、一瞬、驚いた顔をしたがすぐに口元を綻ばせて小さく笑う。
「ああっ俺もだ」

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エガオが笑う時 第10話 一緒に帰ろう(2)

「私を殺すんですか?」
 朗らかな声が私の耳を打つ。
 私は、旋律を刻んだまま声の方を見る。
 マナだ。
 マナは、先程と変わらない笑みを浮かべたまま私を見る。
「やっぱりエガオ様は私のことがお嫌いだったんですね」
 心臓が大きく跳ねる。
 大鉈を握る左手が汗で濡れる。
「マナ・・・?」
 旋律が狂い、集中が解ける。
 マナは、深い笑みを浮かべる。
 石畳を蹴り上げて私との距離を詰めると左腕を振り

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エガオが笑う時 第10話 一緒に帰ろう(1)

エガオが笑う時 第10話 一緒に帰ろう(1)

 赤い血が私の頬を濡らす。
 血溜まりが石畳に広がり、石と石との隙間に入り込んでいく。
「何を腑抜けているのです⁉︎」
 イーグルは、苦悶に歪んだ表情で私を睨む。
 彼は、私の前に立ち、剣を盾のように構えて何かを防いでいた。その足元に血が滴り落ちる。
 私は、飛散しかけた意識を戻し、現状を把握する。
 何かを遮るように私の前に立つ血まみれのイーグル。
 その向こうに見えたのは燃え上がる青白い炎に包

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エガオが笑う時 間話 とある姫の視点(3)

エガオが笑う時 間話 とある姫の視点(3)

「魔印はな。魔号と呼ばれる力のある印を組み立てることで始めて意味を成す」
 紫の光が消える。
 それと入れ替わるようにお兄ちゃんの声が耳に届く。
「魔号はこの世界に無限に存在する。木の中にもあれば炎の中、水の中、バルコニーの素材、そして人の中にある」
 紫の稲光は消えたわけではない。
 私のいる場所からでは背中しか見えないがお兄ちゃんの胸の辺りで小さな紫の稲光が弾けているのが微かに見える。
 そし

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エガオが笑う時 間話 とある姫の視点(2)

エガオが笑う時 間話 とある姫の視点(2)

 私は、口元を両手で覆い、その場に膝を付く。
 溢れてくる涙が視界を歪ませる。
 リヒトは、何が起きたか分からず、私とカゲロウお兄ちゃんを交互に見る。
 お兄ちゃんは、こちらには振り返らず奥に立つヌエを鳥の巣のような髪に覆われて見えない目で見据える。
 ヌエは、驚愕に細い目を開く。
「何故、貴様がここにいる⁉︎」
 ヌエの言葉に私は眉を顰める。
 お兄ちゃんとヌエはどこかで面識があるのだろうか?

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エガオが笑う時 間話 とある姫の視点(1)

エガオが笑う時 間話 とある姫の視点(1)

 喧騒と悲鳴が王宮のバルコニーまで轟いてくる。
 その声を聞く度に私は、白い手袋を嵌めた両手をきゅっと握りしめる。
「凄い!あの子本当に強いや!」
 もうすぐ夫となる婚約者がバルコニーの手摺りから身を乗り出さんばかりに金で飾られた望遠鏡を使って騒ぎの発端のなっている場所を覗いている。
 本来なら私達がいたであろう場所を。
 そこにいるたくさんの国民が騎士崩れの仕掛けた魔印の影響で鬼に変貌し、同じ国

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エガオが笑う時 第9話 ハニートラップ(4)

エガオが笑う時 第9話 ハニートラップ(4)

「あいつらがいなければ戦えまい」
 ヌエは、喉を鳴らして笑う。
 私の心に一瞬、焦りが湧く。
 しかし、それは本当に一瞬のこと。
 4人組のいる屋根に大きな黒い影が見えた瞬間、鬼の姿が消える。
 空を切り裂くような嘶きと共に鬼達は屋根の上から吹き飛び、地面へと落下する。その際に周りにいた鬼達も巻き込まれて地面に伏す。
 赤い鬣が靡き、赤い双眸が炎のように沸る。
 伝説の軍馬スレイプニルことスーちゃ

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エガオが笑う時 第9話 ハニートラップ(3)

エガオが笑う時 第9話 ハニートラップ(3)

 私は、姫様の変装用に身につけていたティアラを投げ捨て、シルクの手袋を外し、ヒラヒラして動きにくいスカートを大鉈で裂いて動きやすい長さにする。
 そして爪先で馬車の床板を叩く。

 タンッタンッタンッタタンッ!

 私は、両手で大鉈の柄の中心を握って垂直に構え、両足の踵と爪先でリズムを刻んで飛び跳ねる。
「チャコ離れて!」
「分かったにゃ!」
 チャコは、敬礼の姿勢を取ると馬車から飛び降りる。そし

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エガオが笑う時 第9話 ハニートラップ(2)

エガオが笑う時 第9話 ハニートラップ(2)

 時は昨夜に遡る。
 マダムの言葉をヒントに私は作戦に必要な材料を集めた。
 大量の赤目蜂の蜂蜜だ。
 革袋にして10袋分ある。
「ありがとうスーちゃん」
 私は、この大変な収穫を一緒に手伝ってくれた赤い鬣に赤い双眸を燃やした6本脚の軍馬スレイプニルのスーちゃんの首筋を撫でてお礼を言う。
 カゲロウが病院に入ってからスーちゃんはキッチン馬車と一緒にマダムの屋敷の庭に住んでいた。と、いっても世話を受

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エガオが笑う時 第9話 ハニートラップ(1)

エガオが笑う時 第9話 ハニートラップ(1)

 お祭りというものを初めて見た。
 真綿のように街道の端に押し詰められた食品や雑貨を売る数え切れないほどの露店。
 笑いを取る道化師や大道芸。
 ひしめき合い、笑い合い、歓声を送る老若男女、多種族多様な大勢の人々。
 街中に飾られた花々や見目麗しい男女の描かれた旗やポスター。
 そして私からは見えないが王国の第二王子と帝国の姫君を乗せたと思われている金銀に彩られたトマトのような形の豪奢な馬車が6頭

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エガオが笑う時 間話 とある男の視点(3)

エガオが笑う時 間話 とある男の視点(3)

 白い世界が視界に飛び込んでくる。
 それが電灯に映えた白い天井だと気付くのに数拍の間を要した。
 俺の育った国では電灯とは違うもので灯りを取っていたからこの作り物の光には今だ慣れない。
「ようやく目が覚めたか」
 右から声が聞こえる。
 少し低いめのハスキーな声だ。
 俺は、首を声の方に向ける。
 天井が視界の左側に映り、磨かれた床が視界の右側に映ったのを見て自分がベッドに横たわっていることによ

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エガオが笑う時 間話 とある男の視点(2)

エガオが笑う時 間話 とある男の視点(2)

 重い雲から雨が降りしきる。

 ここは・・・。

 俺は、辺りを見回す。
 遠くから聞こえる喧騒。
 濡れた埃の臭い。
 肌を舐め回すような不快な湿度。
 そして世界を閉ざすように空間を挟み込む濡れた壁。
 公園近くの路地裏だ。

 じゃあ、この先にいるのは・・。

 俺は、壁に沿ってゆっくりと前に進む。
 雨がタンクトップと黒いズボン、そして鳥の巣のように盛り上がった髪を濡らしていく。
 あの

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エガオが笑う時 間話 とある男の視点(1)

エガオが笑う時 間話 とある男の視点(1)

「相変わらずの癖っ毛だね」
 妹は、鳥の巣と揶揄される俺の髪を触りながら楽しそうに言う。
「何で兄妹なのにこうも違うんだろう?」
「血が繋がってないからだろう」
 俺は、少しうんざりしたように言う。
 もう何十回、何百回、何千回と繰り返してきたこの問答。もう何をきっかけに話したのかさえ覚えておらず、数ヶ月しか年の違わない妹との会話の常套句と化している。
「本当に繋がってないのかな?目元とかは似てた

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エガオが笑う時 第8話 涙(2)

エガオが笑う時 第8話 涙(2)

 どのくらい泣いたんだろう?
 私は、気が付いたらソファに座っていた。
 マダムが薄紫のティーポットとカップを2つテーブルの上に置くと私の隣に座るとカップにポットの中身を注ぐ。
 湯気と共に甘酸っぱい香りが漂い鼻腔を擽る。
 アップルティーだ。
 マダムは、カップを1つ私の前に寄せ、もう一つを自分の手に持った。
「冷めないうちにどうぞ」
 マダムは、小さく笑みを浮かべる。
 私は、カップを手に取っ

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