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生徒手帳のシーウィー

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犬の真似をして犬になりきることで拠り所のない不安を癒やしている狛江慧(こまえ・けい)。犬になりきった瞬間だけは、彼氏と別れた不安も、人生の退屈さも忘れることが出来た。彼女と不倫関…
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生徒手帳のシーウィー 21<終>

生徒手帳のシーウィー 21<終>

神社という場は不思議だ。まるで、結界が張られたように、そこだけ時間が止まったみたいに静かだった。わたしは、お賽銭箱の目の前まで来て、控えめに鐘を鳴らし、あれ、神社の拝み方ってどうするんだっけ、と思い悩む。なんかいっぱいお辞儀したりするやつだっけ。まあ、よく分からん、とりあえず神様に祈ろう、と眼を瞑り、祈りを思い浮かべる。《わたしのことを、見ていてください。そして、正しき道へお導きください》

「く

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生徒手帳のシーウィー 20

《ああ、もしもし。いやあ、この辺を散歩をして時間を潰してたよ、はは。しっかし、おっさんが一人で遊園地みたいなデートスポットをほっつき歩くってのはキツいもんがあるなあ。ああ、でも、本当にありがとうね。感謝してます。ものすごく。
俺はさ、たけしのためにできることは何でもしてやりたいって思ってるんだよね。たけしを愛してるんだよ……心の底からね……笑うなよな、でもそれは本当だ。なんたって俺の自慢の息子だか

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生徒手帳のシーウィー 19

生徒手帳のシーウィー 19

ホテルの乾燥した温風によって乾かされてしまったキルフェボンのフルーツタルトを口に放り込む。ぱさぱさになったフルーツタルトを口に含んで、あれほど繊細に感じたタルトも乾いてしまえばコンビニのスイーツとたいして変わらないな、と思っていると

「狛江さん、シャワーを浴びたんだから、服を着てください」

と一丁前にたけしくんに説教をされてしまった。

「んふふ、さっきまでもっとすごいことをしていたのに」

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生徒手帳のシーウィー 18

すっかり、真っ暗になり、地面に満天の星空のような夜景が広がる東京のホテルの一室で、たけしくんに犯される。たけしくんの腰使いは、確かにお世辞にも上手いとは言えない。腰を引きすぎて、ペニスを引き抜いてしまったり、腰を引き方が浅すぎて、粘膜が擦り合わず、アソコに押しつけるだけのような腰の使い方だった。

しかし、やはり中学生は体力もあるし、力も強い。ガシガシとわたしの尻に腰を打ち付けられるたび、全身が揺

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生徒手帳のシーウィー 17

生徒手帳のシーウィー 17

わたしは、たけしくんの首筋に埋めて、もみあげの毛の生え方を眺めながら、課長に似ているなあ、と思う。

「ねえ、どうだった?」

たけしくんに尋ねる。たけしくんはしばらく黙ったままだったが、

「……温かった。こういう風に、人間の存在を感じたのは、初めてでした」

と答えた。

「セックスって妙に子供っぽくない? アソコとアソコを擦り合わせる、滑稽な遊びみたい、まるで戦いごっこみたい」

ふふ、とた

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生徒手帳のシーウィー 16

生徒手帳のシーウィー 16

わたしたちは、天井の赤みがかったLEDランプを眺めたり、肩にお湯をかけて、時間をやり過ごしていた。たけしくんは、わたしの方をちらちらと見るようになっていた。何かを言いたげな感じだったが、わたしはそのままにしていた。そして、浴槽のお湯を両手で掬って、顔にばちゃばちゃとかけて、彼が口を開いた。

「……僕、学校行けてないんだ……」

たけしくんは、あからさまに緊張している声で言った。

「そうなんだ」

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生徒手帳のシーウィー 15

生徒手帳のシーウィー 15

この件を聞いた晩に、スマホで「筆おろし 体験談」で検索したが、どれも、男子がギンギンに勃起していて「ああ、お姉さん、ボク、もう我慢できないっす」「いやーん」という展開や、部屋に男女を二人きりにすれば、セックスが始まっていたが、現実は、そう簡単に行くわけもない。

それに、わたしだって、決して性に対して積極的ではなかった。むしろ、わたしにとって性は内向きのものであった。私の心の中に棲みついたえりさと

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生徒手帳のシーウィー 14

生徒手帳のシーウィー 14

ワイングラスをくるくると手で弄びながら、銀座で買ってきたキルフェボンのフルーツタルトを眺めていた。

苺やラズベリーなどのフルーツに光沢が出るように飴が塗られていてぬめっとした質感を与えていた。これは生きるために食べる食べ物ではなく、もっと、浪費的な、楽しむための食事である。腹を満たすのではなく、胸を満たすための食べ物だ。

毒々しいまでの赤黒いそのタルトを一口フォークで切り分け、口に運ぶ。見た目

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生徒手帳のシーウィー 13

生徒手帳のシーウィー 13

大丈夫だ。わたしはやり遂げられる。だって、この日のために、上下で二万円もする下着を着けてきたのだ。だから、大丈夫。いまこの時は、完璧な「女性」になりきれているはずだ。だから、自信を持とう。

うだうだと考えているうちに、解錠される音が鳴り、急いで笑顔を意識する。

「……ども」

グレーのポロシャツに、濃紺のジーパンを履いた、神経質さを思わせる細さをした青年とも少年ともつかない男が俯きがちに、挨拶

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生徒手帳のシーウィー 12

生徒手帳のシーウィー 12

週の前半は「四月半ばの陽気」だと言われていたのに週末になると強烈な寒波が東京に押し寄せ観測史上記録的な気温を記録した。ビルとビルの間を通る風はより強くガラス片のように鋭利でまるで頬を切り裂くようだった。

パンクファッションに身を包んだこの季節にしては薄着の男女たちとともに改札を出て神田川を渡り東京ドーム方面に渡る。東京ドームシティの前身である後楽園球場は戦前からそこにあり幾度となく改装が繰り返さ

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生徒手帳のシーウィー 11

生徒手帳のシーウィー 11

今晩も期待していなかったと言ったら嘘になる。でも相手は既婚者だ。わたしから誘うのは今更だが道義的に気が引ける。しかし課長からの誘いだったらわたしは咎を感じずに済むのに……「課長から誘った。わたしはその誘いを断り切れなかっただけ」……だから本町課長の口から出た言葉に面食らった。

「いったいどういうことですか?」

「ああ、もちろんおかしなことを言っているのは分かる。でも狛江さんにお願いしたいんだ」

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生徒手帳のシーウィー 10

生徒手帳のシーウィー 10

本町課長と初めて寝たのはもう半年前くらいになる。大きな案件が終わって慰労会が開かれた後のことだ。とっくに終電が終わっていて、変える方向が一緒だった本町課長と乗り合いでタクシーで帰った。その帰り道に抱き寄せられてキスをされ、わたしは拒否することなく応じてしまった。それで終わることはなく、流れるように行き先を変えて、ホテルまで来てしまい課長とそのままセックスをした。

彼氏とのセックスは七年の付き合い

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生徒手帳のシーウィー 9

生徒手帳のシーウィー 9

本町課長が予約してくれたのは駅前の飲食店ばかりが入っているビルの最上階にあるイタリアンレストランだった。間接照明がお洒落でテーブル間の間隔も広く取られているので落ち着いた雰囲気が素敵だった。わたしはビールとチーズを注文してちびちびやりながら課長の到着を待つことにした。課長から連絡があるかもしれないし、と思いスマホをテーブルの上に置くと、スマホに意識が向き、ついつい一分もしないうちに手に取って暇潰し

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生徒手帳のシーウィー 8

生徒手帳のシーウィー 8

「東海林えりさ」という人物はわたしにとって羨望と畏怖と嫌悪と渇仰の対象だった。わたしにとって飛び越えることのできない深い穴が東海林さんにとっては無いものであった。東海林さんの持って生まれた残虐さは第二次性徴が終わった男子を圧倒し組み敷いた。他人を傷つけるなど許されざるべきことではあるが、それゆえに禁忌をいとも簡単に実行してしまう東海林さんを軽蔑しながらも羨ましさを感じていた。

東海林さんはクラス

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