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生徒手帳のシーウィー 13

大丈夫だ。わたしはやり遂げられる。だって、この日のために、上下で二万円もする下着を着けてきたのだ。だから、大丈夫。いまこの時は、完璧な「女性」になりきれているはずだ。だから、自信を持とう。

うだうだと考えているうちに、解錠される音が鳴り、急いで笑顔を意識する。

「……ども」

グレーのポロシャツに、濃紺のジーパンを履いた、神経質さを思わせる細さをした青年とも少年ともつかない男が俯きがちに、挨拶をする。

それにしても、中学生というのはこんなにも幼かったか、と驚く。それとも、おでこにかかるような前髪が、幼く見せているだけだろうか。

「こんにちは」

こんな少年と交わることなどできるだろうか、と不安になりながらも、努めてにこやかに挨拶をする。

「……あ、はあ、どうも、入ってください」

こんなにも幼い顔立ちをしているというのに、声変わりは済んでいて、ぼそぼそとした低い声でわたしを促した。

部屋は東京の暖かい冬の陽光が差し込んでいて、わたしが天空にいることを意識させた。長いこと雨が降っていないために、大気は霞がかっているが、その霞の向こうにスカイツリーが見える。まるで下界での刺さるような寒さが嘘のようだった。

「良い眺めね」

わたしは思わず口に出して言う。たけしくんは、何も答えない。

「お久しぶりね、たけしくん」

振り返ってたけしくんを見る。たけしくんは、わたしと視線が交錯すると、さっと視線を外し、前髪を弄り始める。

「……え、ええ、はい」

たけしくんに初めて会ったのは何年か前の会社の忘年会の時だ。本町課長がたけしくんを連れてきたが、当然ながら、そんな場所に連れてこられても楽しいわけがないたけしくんは、ずっとゲームをしたり、食べ物をつまんで、時間をやり過ごしていた。

わたしたちは、冬の暖かな陽光のなかで、冷たい沈黙に包まれていた。それはそうだろう。突然、父親にホテルの一室に連れてこられ、これから父親の部下が自分と性交しようとするのだから。

「ねえ、たけしくん、ケーキを買ってきたの。だから、一緒に食べない?」

たけしくんにそう言う。

「……ええ……飲み物が冷蔵庫に入っていましたよ……」

と彼は言い、冷蔵庫の扉を開けて中を探る。わたしが、ワインはあるかしら、と言うと、冷蔵庫からボトルを引き抜いてこちらにラベルが見えるように掲げた。

「素晴らしい。それを頂くわ」

たけしくんは、いそいそとワイングラスを取り出し、皿を用意してくれている間に、コートを脱いで、外の風景を眺めることにした。

かつてのわたしたちもこんなに幼かったのだろうか。だとしたら、こんな幼い子がした事にずっと心を乱され、自分の人生に影響を及ぼし続けていたのだろうか。

わたしはとてつもない無駄を十何年以上も続けていたということか、とはたと気が付く。わたしは足元から崩れ落ちるような脱力感を覚える。

わたしは、なんてことをしてしまったのか。もう、取り返しがつかないではないか。

えりさは、己に立ちはだかる「壁」であり、「悪い」ものであり、「惹きつける」ものであった。この世の中に蔓延る悪そのものであったはずなのに……

そのとき、わたしのなかで終わりを告げられたような気がした。

「……狛江さん?」

不安げな声がわたしに投げかけられる。思考の渦に取り込まれそうになっていたわたしは、現実の世界へと引き戻された。

「ああ、ごめんなさい。外の景色に見とれてしまって」

表情筋に力を入れて笑顔を作ってから振り返る。

「さ! ケーキを食べましょう」


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