見出し画像

生徒手帳のシーウィー 15

この件を聞いた晩に、スマホで「筆おろし 体験談」で検索したが、どれも、男子がギンギンに勃起していて「ああ、お姉さん、ボク、もう我慢できないっす」「いやーん」という展開や、部屋に男女を二人きりにすれば、セックスが始まっていたが、現実は、そう簡単に行くわけもない。

それに、わたしだって、決して性に対して積極的ではなかった。むしろ、わたしにとって性は内向きのものであった。私の心の中に棲みついたえりさと対話をするための手段であることの方が多かった。場は完全に膠着してしまった。

かと言って、既に報酬はもらっている。わたしだって、できるだけのことはしたいとも思っている。別に、このまま、ケーキを食べて、ちょっと話をして、通り一遍の励ましをして帰っても問題は無いだろう。

しかし、まあ、既にお金をもらっているということを抜きにして、やはり、わたしは、目の前にいる他でもないたけしくんにわたしができる何かをしたい気持ちになっていた。

とにかく、やってみたいという気持ちになっていた。そのためには、行動を起こさなければならない。

わたしは、できるだけ、優雅に見えるように、ゆっくりと立ち上がった。たけしくんは、わたしが次に何をするか、伺っているような様子だった。ワイングラスを持ったまま、バスルームに行って、蛇口を捻ってお湯を貯める。

さきほどまで静謐だった部屋にお湯が貯まる音が堆積していく。窓からの陽光が差し込み、逆光になって、彼はシルエットだけになった。目の前のフルーツタルトにしか興味がない、とでも言いたげに、フルーツタルトを凝視し、できるだけ、ゆっくりと食べていた。

わたしがそんな彼の姿を眺めていることに彼は気付いている。気付いていて、気付かないふりをしているようだった。ホテルのカランは、住宅のそれとは比べ物にならないほど、早くお湯が溜まる。

わたしは、たけしくんが顔を上げればすぐ見えるような場所に立って、なるべく乳房が形よく見えるように背中を反りながら、おもむろにケーブルニットを脱いだ。

たけしくんは、膝に置かれた手を凝視していた。たけしくんは、女性の下着姿を見たことがあるだろうか。おそらく、無いだろう。

「ねえ、たけしくん……」

緊張から来る喉の乾きによってわたしの声が掠れた。急いで、咳払いをする。

「ねえ、たけしくん」

「……はい」

わたしは、ゆっくりとたけしくんの方へ歩いていき、ソファで固まっている彼の隣に座って身をよせた。そして手に持っていたワイングラスをテーブルに置き、彼が自身の膝の上に置いた手を上から、そっと触る。

たけしくんの手は極度の緊張のためか、指先が冷たくなっていた。彼の左手を、雛鳥を持ち上げるように、やさしく手で包む。

「慧さんの手、震えてる……」

たけしくんがそう言った。わたしは思わず笑ってしまう。

「わたしだって、緊張しているのよ」

わたしがそう言うと、たけしくんは微かに微笑んだようで、口角が上がった。

たけしくんの指は、課長に似ていて、一本一本が太く短い。ずんぐりむっくりしていて、わたしの指に似ていた。指は人間の中で、とても動物的なパーツで、その人となりや営んできた生活が滲み出ている。

「とても男らしい手なのね」

そう言って、指をさすって弄ぶ。

もしえりさだったら、雑談はこれくらいにして、早速とばかりに、チャックに手をかけ、早摘みのペニスを頬張っていたことだろう。しかし、わたしにはできなかったし、わたしがして良いことのようには思えない。

「ねえ、一緒にお風呂に入りましょうよ」

入浴によるリラックス効果で、少しは距離も縮まるのではないだろうかと考え、風呂に湯を溜めておいた。

「……恥ずかしいですよ」

そう言って、彼の指先から手を離し、彼の着ているシャツの第一ボタンに手をかける。首元から立ち昇る体温を感じて、自分の鼓動が脈打つのを感じた。目の前にいるのは、紛うことなき、人間であり、体温を持った動物であることを観測する。


たけしくんは、わたしにされるがままに、ボタンを外されていた。色白の薄い胸板が露わになる。

ベルトに手をかけると、

「いや……え、ちょっと……」

考えてみれば……考えてみるまでもなく、人前で裸になる機会はそう多くない。ましてや異性に性器を見られるなど、病院くらいしかないだろう。

男性はいつから女性に裸を見せることを恥ずかしがらなくなるのだろう。あなたの父である本町課長は、心なしか誇らしげにいきり立って赤黒く腫れた自分のイチモツをわたしに見せつけるように開陳してきたというのに……

「男の子でしょ、恥ずかしがらないの」

そう言ってベルトを抑えつけた手を払いのける。しかし、たけしくんは頑なにベルトから手を離そうとしなかった。

「だめですって……」

か細い声が、わたしに罪悪感を植え付け、力を弱めさせた。

「分かったわ、じゃあ、わたしがお風呂に入るね。たけしくんも、入ってきてくれると嬉しいな」

そう言ってから、たけしくんに見せつけるようにニットを脱ぎ、そしてスカートを下ろした。わたしが恥ずかしがっていてはだめだ、と思い、事も無げに下着を下ろした。昨日、お風呂場で2時間かけてケアをした裸体だ

どうしたらいいんだ、とわたしは頭を抱える。まるで、なかなか本題に入らない小説のように、遅々として進まない。まったく本町課長は、厄介なことをわたしに押しつけたものだ。

シャワーを出し、ぬるめのお湯で身体を流しながら、考えが巡る。

彼にとっては、まったくの未知のコミュニケーションの在り方であろう。このような時に、どうやって振る舞ったら良いのか、あの年齢では知る由もないだろう。しかし、男性は、いつどうやって、セックスにおけるコミュニケーションを習得するのだろう。課長は人選を間違っているのではないだろうか。もっとこう、肉食女子に頼むべきではないだろうか。

ささっと身体を流して、浴槽に身を沈める。

そもそも、たけしくんは、セックスをしたくないのではないだろうか。いくら童貞だからと言っても、もう少し、わたしに興味を示してくれたっていいのではないのだろうか……もし、本当にしたくないのに、父親に半ば無理矢理連れてこられていたのなら、わたしがたけしくんを襲ったことが、トラウマになって、何年も苦しめることになるのではないだろうか。

「ふふん。お前にはどうやら荷が重かったみたいだな」

浴槽の縁に腰掛けたえりさがわたしを嘲笑う。

うるさいな、わたしだって一生懸命やろうとしてるのよ。

「別に、一生懸命しようがしまいが、結果がそんなんじゃ、ね?あんたが努力しようが、努力しまいが、関係ないのよ。慧ちゃんは、わたしに憧れているようだけれど、慧ちゃんは、わたしみたいにはなれない」

 ……どうして。

「そこの、たけしくんと一緒よ。あんたは世界が狭いの。だから何も面白がれない。なぜかって。それはあなたが弱い人間だからなの。分かったら、はいつくばってわたしの足を舐めなさいな。楽になるわよ」

うるさいな。

「この世の中には、支配される人間と、支配する人間がいるの。わたしは数少ない支配する側の人間なのよ。わたしがこうして、あなたに命令してることだって、あなたは喜ばなくちゃいけないの。『ああ、えりさ様にご命令いただけるなんてわたしはなんて幸せ者なんでしょう』って」

……。

「わたしは慈悲深い人間よ。あなたは赦すでしょう。だから、ね。この首輪をつけなさい」

そう言って、えりさはわたしの鼻先に真っ赤な首輪をぶら下げた。どす黒い血のような色をした真っ赤な首輪だった。首輪はチェーンがついてあり、えりさの腕に巻き付いている。

「ねえ、わたしはあなたを救いたいのよ。あなたに幸せになってほしい。そのためには、ほら……とても簡単なことよ。さあ、あなたの首を差し出しなさい」

鼻先にぶら下げられた首輪をわたしは睨みつけた。

そのとき、がちゃりとドアが開き、まるで温泉番組のようにきっちりとタオルを腰に巻いたたけしくんがおずおずと入ってくる。

「あ、たけしくん。やっと来たのね。待ちくたびれて、ゆでだこになっちゃうところだったよ」

と、言う。

「……すみません」

「いいのよ、ささ、いらっしゃい」

たけしくんが入れるように、伸ばしていた脚を膝に抱えた。


←前の話 | 🤍はじめから🤍 | 次の話→
🐶これまで書いた作品🐶


最後まで読んでくださってありがとうございます🥺