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生徒手帳のシーウィー 14

ワイングラスをくるくると手で弄びながら、銀座で買ってきたキルフェボンのフルーツタルトを眺めていた。

苺やラズベリーなどのフルーツに光沢が出るように飴が塗られていてぬめっとした質感を与えていた。これは生きるために食べる食べ物ではなく、もっと、浪費的な、楽しむための食事である。腹を満たすのではなく、胸を満たすための食べ物だ。

毒々しいまでの赤黒いそのタルトを一口フォークで切り分け、口に運ぶ。見た目よりも酸味が強調され、いかにも「果物のみずみずしさ」を感じさせるように調整されていた。そして、唾液と混じり合った生地とクリームが口中に広がり、脂分と甘みが舌を刺激した。濃厚なねっとりした生地とさっぱりとした果物を咀嚼し、混じり合った甘味と酸味を十分に味わってから嚥下する。

たけしくんには季節のフルーツがたくさん乗ったフルーツタルトをあげた。これまた「いかにも」な宝石箱をイメージしました、とでも言いたげに、オレンジ、いちご、バナナ、マンゴー、マスカットなどの色とりどりな果物が、カスタードクリームの上に乗っている。三つ並べると消えそうだな、と思った。

しかし、たけしくんはじっとフルーツタルトを見つめていた。それもそうだ、彼にとっては、今はとても辛い状況だろう。

「たけしくん、わたしのこと覚えている?」

「……ええ、なんとなく。でも顔とかそういうのは覚えていませんでした……」

まあ、そうだろうな、と思った。彼にとってわたしは、大勢いる社員の一人でしかない。

「ねえ、一つ質問したいんだけど、いいかしら。お父様からはどのように言われて連れてこられたの?」

私は、ワイングラスにワインを注ぎながら、たけしくんを見つめる。たけしくんは一瞬だけ顔を上げこちらを見たが、目が合った途端に、顔を伏せた。

「狛江さんに男にしてもらえって」

本町課長らしい表現だと思った。「男」だなんて。性的に求められることがそのまま人間的魅力だと信じている彼らしい表現だ。

「それで、たけしくんは、わたしに男にしてもらいたいと思っているの?」
たけしくんはじっとフルーツタルトを見つめている。まるでどのフルーツを動かしたら連鎖が発生するか考え込んでいるようだった。

「……分からないです。父が、このホテルに行かなくちゃ学費を出さない。家を出ていってもらう、と言われて……」


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