生徒手帳のシーウィー 9
本町課長が予約してくれたのは駅前の飲食店ばかりが入っているビルの最上階にあるイタリアンレストランだった。間接照明がお洒落でテーブル間の間隔も広く取られているので落ち着いた雰囲気が素敵だった。わたしはビールとチーズを注文してちびちびやりながら課長の到着を待つことにした。課長から連絡があるかもしれないし、と思いスマホをテーブルの上に置くと、スマホに意識が向き、ついつい一分もしないうちに手に取って暇潰しがてらにfacebookを見始める。
こういう時のために、文庫本でも買って鞄にいれておけば良かったと何百回目の後悔をする。東海林さんが東京タワーを見下ろす風景にシャンパングラスを映し込んで写真をアップロードしていたのが目に入り、
「くそが……」
とわたしは唇を閉じて呟いた。何が東京タワーだ。たかが東京タワーぐらいで写真撮ってるなんて……ばかみたい。昭和のトレンディドラマかよ。「わあ綺麗な夜景」「お前の方がきれいだよ」かよ。空きっ腹にビールを入れたことによってアルコールの回りが早く、怒りが腹の中で炭酸とともに醸成されていく。
わたしは、「友達 復讐」で検索し、陰湿な復讐をやり遂げた体験談を読み込んで過ごす。新しくできた彼氏に悪い噂を吹聴したり、車のブレーキに小細工したり、SNSを使って悪評を触れ回る復讐などの方法を読んで、お手軽にむしゃくしゃした感情を増幅させて暇潰しをしていた。ビールのグラスが三分の二くらい開いたところで課長が到着した。「やあ遅くなって悪かったね」そう言って課長がコートを脱いで席に座る。
他人の声が聞えたことによってそれまでの怒りが一瞬にして重要性を損なっていった。そして自分がまたしてもどうでもいいことに時間を費やしていたのかを自覚する。しかも楽しい気分になるならまだいい。どうしてわざわざ不愉快な気持ちになると分かっていて見るのを止められないのだろう。
「あ、いえ、お気になさらず。わたしもいま来たところですから」
そう言ってにこりと笑う。
「またまた、そんな棘のある言い方をするんだからあ」
と言って、頭をかく。
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