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【知られざるアーティストの記憶】第87話 カギが閉め込まれ、カギのかかった箱

Illustration by 宮﨑英麻

*彼は何も遺さずにひっそりとこの世を去った。
知られざるアーティストが最後の1年2ヶ月で
マリに遺した記憶の物語*

全編収録マガジン
前回

第12章 S医院に通う日々

 第87話 カギが閉め込まれ、カギのかかった箱

「きのうの夜、キミの夢を見たよ。
 ストーリーは覚えていないけど
 何かストーリーのある夢だった。
 キミはボクに背中を向けて
 歩いて行ってしまった。」

「マリの言葉」:ノート『愛』より
2022/1/30 「愛21」

夢の意味するところははっきりわからなくも、彼がマリの夢を見てくれたこと自体が夢のようであった。その夢には続きがあった。

「呼んだらこっちに来て、ここで何かをやっていた。」

彼は顔をほころばせながら、淡々と自分の見た夢をマリに共有した。最後には彼のそばにいられたのならよかった。


イクミさん、
昨日はつい、ずっと我慢していた感情をあなたにぶつけてしまいました。でも、伝えられてすっきりしました。聞いてくれてありがとうございました。

2月5日、ダージャはSNSで以下の文章をつぶやていました。全く、ダージャは私のことをどこかで見ているのか、私と心がつながっているのか……こういうシンクロは度々起こるので不思議です……。
ーーーーーー以下、ダージャの言葉ーーーーーー
  いまを意図して決意することで
  過去も未来も変わる。
  体も変わる。
  運命も変わる。

  いま
  できないと思えば
  過去も未来も出来ないまま。

  いまあきらめたら
  ずっとそのまま。

  いま
  決める。

  いまに全部を凝縮する。
            ダージャ


あなたは
弟の発病と自分の病気との因果関係ばかり
気にしているけれど
私が登場してきたこととの関わりには
目を向けないのですか

つまり
様々な難を乗り越えて
どれだけ深く私と交われるかどうかに
この病気を克服するカギがあるということ
そこに真理を見出さないのですか

もし私が
あなたのお母様が導いた人だと信じるのならば
            2022/2/5
             マリ
イクミ様、

マリの手紙2022/2/5より
元は、ノート『愛』より 2022/2/5「愛24」


2月5日、マリは自分の寂しさを彼にぶつけたあと、シンクロのように出会ったダージャの言葉を添えて彼に手紙を書いた。そこには、重大な病気とほぼ同じタイミングで彼にもたらされたマリとの出会いの中に、この病気を克服するカギが隠されているはずであるというマリ自身のスピリチュアルな読み解きがはっきりと示されていた。マリは自分の恋心にとって利があるようにも見えるこのストーリーの中に、直感的な確信を見出していたのだ。


©Yukimi 『未来へのレクイエム』より(表紙の一部)


あなたが病気を克服するカギが私と深く交わること
だけどあなたは病気がかんばしくないために
心が閉ざされ、私と深く交わることができない

それはまるで
カギのかかった箱の中にカギが閉め込まれている
状態のようだ
私はその開かない箱の隣で
なすすべもなく
立ち去ることもできずに
寄り添っていることしかできない
いつかあなたが
そんな私に気がついて
カギを持って出て来てくれる日を待ちながら
箱を抱きしめ
温めつづけている

あなたが出て来てくれたらいいが
もし一度も出て来てくれなかったら
私はどんなに悔やむのだろうか
扉を壊してでも こじ開けなかったことを

あなたは言った
「こじ開けてくれていいんだよ」
と。

あなたは軽いキスをくれて
再び二人のエネルギー回路が開通した
あなたは出て来てくれた!

「マリの言葉」:ノート『愛』より
2022/2/6 「愛25」


マリは彼のそばにいられるだけでこの上ない幸せを感じていた。しかしこの日々においてマリが悶々と抱えた寂しさともどかしさの原因は、このような構図のうちにあった。彼はマリからの訴えに少しは心をほどいたのか、単に情にほだされたのか、退院後初めての軽いキスをした。


昨日のこと。
18:00すぎに訪ねると家の中は真暗で
寝てますか?
声をかけると
すいません、上がってきて下さい、
と。
言われるとおりに電気を点け
恐る恐る上ると
布団の上にちょんと座った
あなたは心なしか嬉しそうだった

「いつかこんな日が来るかなと思ってた。
 キミがここに上がって来る日が。
 昨日もそう思ったし、今日も思ってた。
 そうしたら来た。」

照れくさそうにそう言って
「じゃあ、あくしゅ」
と手を出した。

寝床に私を求めている、あなたが……
夜毎私を恋しく思ってくれているなんて!
それを聞いただけで私の心は
あなたへと駆け出す

あなたはにわかにひそやかに
私への恋心を抱き始めているというのか

「マリの言葉」:ノート『愛』より
2022/2/8 「愛26」

マリは彼が求めるままに握手を交わした。マリは彼のこのような慎ましく可愛らしいさまがこの上なく好きであった。


©Yukimi 『未来へのレクイエム』No.2


うちゅういち
あなたがすき

例え家族と離れることになっても
あなたとは離れられない
それが
わたしだった
わたしはわたしを生きることしか
できないのです

Saint Valentine's Day?
女が好きな男にチョコレートをあげる日だという
チョコレート会社の商業戦略にのっかってみた。
          2022/2/13……1日早い
            Mari

マリの手紙2022/2/13より
元は、ノート『愛』より 2022/2/13「愛27」


彼はマリが奮発した3枚の板チョコを黙ってちびりちびりと食べた。

2022年2月12日から14日まで、淡路島から二泊三日でマホを呼んで、彼女のパーソナル理論のお話会や親睦会がマリの住む町で開催された。メイを中心とした幾人かで計画が立てられ、マリも当然のように予定を空けておくように言われた。むろん、マリもマホに話を聞いてもらうことを求めていたので、この機会を喜んだ。このとき、時勢はまだ流行病が次から次へと新しい株で人々をもてあそび、人の集まる会合などはことごとく自粛される空気にあったが、メイやマリを始めマホのもとに集う女性たちには基本的に流行病を恐れる者はなかった。

つづく

★この物語は著者の体験したノンフィクションですが、登場人物の名前はすべて仮名です。

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